中島先生便り
第19回 胆石症(上級者コース)

第19回は、胆石症の上級者コースで、8.胆石膵炎 9.肝内結石症 10.胆石と胆のう癌 の話をします。
たかが胆石とはいえ、ここまでこじれてくると治療も大変で、入院期間も長くなります。初級者コースの胆石なら1週間で終わるところですが、中級者コースでは3週、上級者コースでは6〜8週かかるでしょう。手術創も大きく派手になります。一概には言えないが費用もかさむことでしょう。交通違反でたとえると、長期免停くらいに当たるでしょう。ただし免許取り消しには至りません。癌ではないですから。

8.胆石膵炎

第17回の冒頭にお話したことが全てですが、そこまで重症化しない軽症〜中等症の症例は、案外沢山いるものです。つい最近も70歳女性がひどい腹痛で初診し、超音波で観察してみると、膵の周囲に水がたまっている。胆石もみえる。胆石膵炎で膵の周囲に炎症性の浸出液が出ているのです。炎症性浸出液などと言うとナンジャソリャと言われそうですね。

やけどをしたときにできるひぶくれの中に透明な液体がたまっていますが、この液体こそが浸出液です。血管の中を流れる血液の水成分が、炎症局所にしみ出してきてたまっているのです。本症例は、10日間ほど点滴治療で膵炎をコントロールした後、手術を行なって元気に退院しました。

原因が何であれ、膵炎と聞くと我々外科医は身構えます。点滴治療に反応する軽症例は良いとして、下手をして重症化すると、いかに miserable な現状が待ちうけていることか・・・

・・・そのことを身にしみてわかっているからです。膵炎は症状が激烈で恐い病気です。たかが胆石が原因でそんなことにならぬよう皆さん重々気をつけて下さい。医者が手術をすすめた時点で手術を受けましょう。

9.肝内結石症

石が胆のうの中にできることはよくあること。肝外の胆管の中にできることもたまにはあるでしょう。しかし、肝内の胆管の中にできることは稀。しかし、こんな症例が実在するのですから世の中むつかしい。

胆石患者が100人いたとしましょう。このうち肝内結石症が何人居るか?東京では1人、九州では2〜3人です。九州でも五島列島には多い。南へ下って沖縄も多い。台湾やフィリピンではもっと多い。亜熱帯のいなかに多いのです。水が悪いのでしょうか?何か寄生虫のようなものが関係しているのでしょうか?わかっていません。

しかし、肝内結石症の発生に気候や土地柄が関係しているのは確かです。ところがどうもそれだけではない。肝臓には右葉と左葉とがありますが、肝内結石は圧倒的に左葉に多いのです。左葉には門脈臍部といって、肝内脈管のヘアピンカーブ領域があり、カーブがきついので胆汁の流れが悪いところがあります。ここに石ができます。ということは、肝内結石の発生には、生まれつきの原因と生まれて後の周辺環境による原因とが、2通り存在することになります。

生まれつきヘアピンカーブのきつい人は、東京にいても肝内結石になるでしょう。ヘアピンカーブがなくてゆるやかなカーブなのに南の島で生活していると肝内結石になるかもしれない。まだわかっていないのです。

わかっていることは南方のいなかに多くて、右葉よりも左葉にできる、ということです。私が医者になった21年前、肝内結石症の患者さんは、たまにいましたが、ここ数年とんと見ていません。世の中が清潔になったからなのでしょう。外科の学会のテーマにもとり上げられなくなっています。世の移り変わりが病気も変えていくのでしょう。

少なくなったとはいえ、肝内結石症の治療はむつかしくて、 challenge する価値があるし、肝内胆管癌の発生にも関係しているので、このような患者さんの治療を手がけることは、外科医としては非常に力が入ります。むつかしい病気を完治させるのは、とても気持ちの良いものです。

以上のように先天的要因、環境要因がからみ合って肝内結石ができるのですが、以前に受けた胆道系の手術がまずいために肝臓に石ができて、痛んだり熱が出たりすることが稀にあります。

62歳女性、40代の頃、胆石症の手術を受けたが、その後調子がわるく、ひと月に2〜3回ふるえを伴なう高熱が出ていた、若いのでなんとかそれでもレストラン経営をこなし、女手ひとつで子供を育て上げた、という患者さんがある日、腹痛と高熱でかつぎこまれてきました。

肝臓の左葉に石があり、膿がたまっている。炎症反応が強く、腹水・胸水のみならず、心臓のまわりにも水がたまって、心臓の動きが悪くなっている。強力な抗生物質療法で熱が下がり、水もひいたが、石を含んだ肝左葉は腫れ上がり、まるで癌のよう。

20年前に有名な大病院で受けた手術がどんな手術だったのか調べようもなく、私はとにかく、この患者さんの手術を担当しなければならなくなりました。術前の私の予想としては・・・以前の手術のまずさから、これまで20年間逆流性胆管炎を反復し、その揚句に肝左葉に石ができて膿がたまっている、もしかしたら肝内胆管癌を併発しているかもしれない。

あけてみると、もともとの胆管は切られていて胆道が小腸で再建されているのだが、この再建小腸の格好が変。癒着した肝門部で胆管空腸吻合をはずし、左の肝動脈・門脈・胆管を処理して、腫れ上がった肝左葉を切除しました。非常にやりにくい手術で12時間くらいかかりました。

あの手術から3年、彼女は非常に元気です。幸いにも癌はなく、熱なし、黄疸なし、食欲ありで万々歳です。この患者さんが、発熱=逆流性胆管炎を反復していた理由は、むつかしい言葉でいうと 「再建空腸 Roux-Y脚が短すぎた」ことによります。これだけ聞いても皆さん何のことかわからないと思いますが、“肝内結石の素因を持った胆石症患者にいたらぬ手術をして、より大きな問題を招来した” ということです。

66歳女性、山の中にある温泉宿の女将。高熱がつづき体がだるいので、近くの医者に通い、毎日抗生物質を打ってもらったが、2週間経っても全く解熱せず、ますますひどくなり、歩けなくなって、ある土曜日の昼頃、救急車で搬入されてきました。ふるえを伴なう高熱のため、血圧が低く、意識もうろう。敗血症です。肝臓の右葉に石+膿のたまり+腫瘍が、ひとかたまりになって夏みかん程の大きさになっている。ここが熱源です。

もはや抗生物質は効かない。膿をすい出したいが、石や腫瘍が邪魔をして、細い管を留置できない。右大腿静脈に鉛筆の太さほどの管を留置し、血液を抜き出しては、浄化カラムを通して、きれいにしては体内に戻します。血液浄化法といって敗血症治療の一環です。土曜・日曜とこの治療をやって、一般状態が少しおちついたところを見計らって、月曜日に肝右葉切除を行ないました。幸いもともとの肝機能は良かったので、手術はうまくいき、1週間もすると元気になりました。

切除標本を開いてみると、肝内結石+肝膿瘍+肝内胆管癌でした。
本症例は2つの点で珍しい。第1に純粋な右側の肝内結石であったこと。第2に肝内胆管癌を合併していたこと。

私は以前、1500例ほどの胆石症患者の中から肝内結石症50例を選び出して検討したことがありますが、純粋な右側の肝内結石は3/50、肝内胆管癌合併は5/50でした。この患者さんは3週後に元気で退院しました。非常な喜びようで、家族の方々も皆で出迎えに来て、皆笑顔で帰っていきました。看護婦さんたちも皆笑顔で見送りです。劇的に元気になったのだから、それもうなずけます。私一人が浮かぬ顔。作り笑顔をしていても心の底からは笑えない。先の見通しがつくということは残酷なことです。1年後、癌が首の骨に転移して、彼女は亡くなりました・・・。

63歳女性、典型的な左側の肝内結石で、癌の合併なし。肝左葉切除を行ないました。炎症のため肝左葉と胃袋がべったり癒着しており、少々苦労しましたが、我ながら完璧な手術で “コリャうまくいくわい” と思ったところが甘かった。術後3日目から食事をスタートしたのですが、吐くのです。お茶を飲んでも吐く。熱もないし、スタスタ歩けるのに食べるとすぐ吐く。4週間にわたって点滴を要しました。肝左葉と胃袋の癒着をはがす最中に、胃袋の出口=幽門を支配している神経が切れてしまい、幽門がキュッと収縮して、物が通りにくくなってしまったのです。1ヶ月してやっと幽門が自然と開通し、それからはうそのように食べられるようになりました。術中にこの神経を確認することは全く無理。しかし患者さんや家族にそんなこと言い訳をいってもはじまらない。あの先生は手術が下手という視線を受けながらじっと耐えるだけです。

73歳女性、発熱と腹痛で近くの医院にかかり、肝臓が悪いと言われて、紹介入院してきました。クリスマスの日でした。典型的な左側の肝内結石だが、膿もたまっていて、一筋縄ではいかない。癌があるかどうかは開けてみないとわからない。全身状態が悪く、毎日発熱し、抗生物質が効かず検査も進まない。

今の私なら、すぐに左葉切除を強行したでしょう。しかし、当時まだ3年目の私には、病気の全体像が見えておらず、やることなすこと全てが後手後手に回ってしまいました。胸水・腹水がたまり始めました。心臓の回りにも水がたまり、心臓が充分動けない。心タンポナーデといいます。細い管を刺して水を抜き、心臓の動きは回復したものの、全身状態はどんどん悪くなり、正月明けに亡くなってしまいました。

手術する前に敗血症で亡くなったのです。私はどうしても納得がいかず、いやがる家族をおがみ倒して、病理解剖をさせてもらいました。年始年末に家にも帰らず、ずっと病院に泊り込んで患者を診ていた私の姿を評価してくれたのだと思います。しかし、結果が悪ければ、その努力はゼロ。

病理解剖の結果は、左側の肝内結石+化膿性胆管炎+肝内胆管癌で、癌はアチコチのリンパ節へ転移していました。心外膜には膿苔がベットリくっついており、化膿性心外膜炎による心タンポナーデでした。肝内結石を源とする敗血症の恐さを見せつけられました。石は何年も前からあったと思います。それに伴なうちょっとした痛みや発熱もあったでしょう。その時点で手術していれば、癌の発育もなく、元気に余生を送れたでしょう。

肝内結石の治療法は、肝臓を切って取るだけではなく、肝臓を残していろいろな方法で石取りをする方法もあり、多岐にわたります。症例の病態に応じたきめ細かい対処が必要とされ、なかなか難しい病気です。厚生労働省指定の難病です。南方の国々には、今でもこの病気で苦しんでいる人がたくさん居ることでしょう。

10.胆石症と胆のう癌

腎臓や尿管に石を持っている人はたくさんいますが、こんな人が腎や尿路の癌になったという話はあまり聞きません。胆のうに石があると、胆のう癌になるのでしょうか?わかりません。ただし、胆石をもったまま、あまり痛くもないので放っておいた60歳以上の女性に胆のう癌が多いのは、まぎれもない事実で、第17回でも触れたように、この generation の方々は、胆のうをとってもらった方がよいと思います。

72歳女性、上品な御婦人で、あまり太ってもいない。30年も前から胆石があるのはわかっていたが、別に痛くもないので放っていました。最近食後に吐き気があり、胃カメラをしてみたが胃はきれい。近くの先生に胆石のせいだろうと言われ、初診してきました。

超音波でみてみると、径10mmくらいの立派な石が1個ある。まだ腹腔鏡胆摘の始まっていない1980年代の話です。普通に開腹して胆摘し、その場で胆のうを開いてみると胆のうの入口付近に径5mm弱の小さな隆起病変がある。術前の超音波検査では石にかくれて見えなかった。癌かもしれないと思いましたが、心臓が悪く長い手術はしたくなかったので、そのまま閉腹。顕微鏡検査では “癌”。但し表層にとどまっており、リンパ節にも転移なし。患者にも家族にも癌だったことを告げず、そのまま帰し、年に1〜2回外来で診ていました。幸い再発はなく、5年を過ぎ、もうこなくてもいいですよ、と言いました。

今考えれば、せめて家族にだけは本当のことを言っておくべきと思いますが、手術の時 “拡大手術をしなくても、この程度なら再発はないだろう” と考えたので、誰にも本当のことを言いませんでした。今は時代の雰囲気も変わり、こんなことは許されないでしょうね。

75歳女性、太っており糖尿あり。腹痛と発熱で初診しました。第18回にお話したとおり、典型的な急性胆のう炎です。 胆石があるのは昔からわかっていたが、あまり痛くもないので放っておいたら70歳をすぎ、肥満と糖尿も加わって、急性胆のう炎を起こし、胆のうが膿でパンパンに張っている・・・・まさに絵にかいたような典型的なパターン。腹腔鏡胆摘では危ないので普通に開腹して胆のうをとり、開いてみるとドロドロの膿と立派な石が出てきました。胆のう粘膜を観察しましたが、特に癌らしきものはなく、よくある壊死性胆のう炎の所見でした。

閉腹し、術後経過は良好。ところが切除標本の顕微鏡検査で癌が出ました。ビックリ仰天した私は、もう一度、ホルマリンにつかった切除標本を肉眼的に観察してみましたが、これのいったいどこが癌なのか、皆目見当がつかない。幸い癌は表層にとどまっており、切除断端には癌がなく、リンパ節転移もなし、との病理医のコメントをもらい、全てを患者家族に話しました。

高齢でもあり、再手術せずに様子をみようということになり、そのままズルズルと3年経ちました。再発なく、今もお元気です。

同じく75歳女性、太っているが糖尿なし。大昔から胆石があるのはわかっていて、ここ1〜2年、時々痛むので胆摘してもらおうと決心して初診してきました。1990年代初頭の頃の話です。腹腔鏡胆摘がはじまった頃で、手術器具や手術手順に試行錯誤がくり返され、まだまだ確立されていなかった。やっている最中に胆のうが破れて、胆汁がお腹の中に流れ出し、術中に大量の水で洗うなんていうことが、日常茶飯事でした。本症例も腹腔鏡胆摘の際に胆のうが破れてしまい、胆摘終了後にお腹の中をよく洗って手術を終了しました。いつものことです。

摘出胆のうを開いてみると立派な石がゴロリと出てきました。このとき私は不覚にも胆のう粘膜の一部に小さな隆起病変があることに気付かず、そのまま1週間経って、いざ退院という時になって、顕微鏡検査結果をみて愕然としました。“胆のう癌”。癌は胆のう粘膜の表層にはとどまっておらず胆のう壁の中層くらいまで食いこんでいるとの病理医のコメント。いやがる患者を説得して、大きく開腹し、肝臓をけずり、リンパ節郭清をしました。このとき取った肝臓およびリンパ節には癌なし。ヤレヤレと安心してやっと退院です。

ところが1年程して、「先生、ヘソのところにグリグリができました。」と患者さんが訴えます。診ると最初の腹腔鏡胆摘の際にカメラを挿入した臍上の小創に一致して、たしかに径10mmくらいのしこりができている。1ヵ月後に再診すると径20mmくらいに増大している。縫合糸に反応して生じた Schroffer 腫瘍とよばれる良性のできものだろうと軽く考えて、取ってみました。一応顕微鏡検査に出したところ、病理医の返答は、“胆のう癌の転移” !!。非常に驚きました。

話のからくりはこうです。
この75歳女性は、何十年も前から胆石を持っていた→その胆石の影にかくれて小さな癌ができた→その小さな癌とは無関係に、胆石の症状が出たので私の外来に初診した→検査では胆石しかみえず、その小さな癌を見落とした→腹腔鏡で胆摘した→その際に胆のうが破れて、ごく少数のはがれ落ちた癌細胞を含む胆汁がお腹の中に流れ出した→よく洗ったが癌細胞が生々しい傷のある臍上のカメラ挿入創に付着した→そのことに気付かず、再手術では肝臓やリンパ節にのみ目をむけていた→1年たって、臍上の小創に付着した数個の癌細胞が成長してかたまりになった→それでもまだ癌とは気付かず、軽い気持ちでこのかたまりを切除した→癌転移と知って驚嘆した・・・・。残念ながら、この患者さんは、手術から3年後に癌の全身転移で亡くなりました。

1994〜1995年頃から、これと全く同一の経過をたどった症例が全国から報告され始め、2000年以後、広く一般の外科医に認識されるようになりました。したがって今では、“長く胆石をかかえていた高齢女性の腹腔鏡胆摘をする時には、小さな癌がかくれているかもしれないから、極力胆のうを破ることなく、きれいにやる必要がある” という認識が確立しました。もっとも、昔に比べて器具が良くなったし、手慣れてきているので胆のうを破るということが少なくなりました。

この患者さんの手術は、1991年頃でそういう認識がなかったとはいえ、小さな癌の合併を見抜けなかったこと、腹腔鏡胆摘の際に胆のうを破ってしまったこと、再手術の際に肝臓やリンパ節に加えて、臍上の小創をいっしょにけずり取ればよかったものを、そうしなかったこと・・・この3点において落第です。臍上の小創に生じたかたまりが癌であると判明した後、私にできることは誠心誠意化学療法をやっていくということだけでした。何とおわびしてよいか分かりませんが、この稀な経験を今後の症例に生かしていくということだけです。

前々回前回、今回と3回にわたって、胆石症のよもやま話をしてきましたが、ここに登場した症例はどれも稀なものばかりで、通常は出会いません。たくさんやればやるほど、いろいろなことがあるものです。これを読んだ皆さんは恐がるかもしれませんが、大半は通常のコースをたどって、ベルトコンベアーに乗って運ばれる製品の如く、治っていく病気=胆石症であることを最後に強調しておきたいと思います。

次回、第20回は小児外科の話をします。

H16.12.21 中島 公洋


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