第8回は、小腸の切除です。
小腸は、胃や大腸と違って、癌が発生することが非常に稀で“小腸原発の病気に対して小腸を切除する”ということは、ほとんどありません。脱腸や術後癒着によって小腸が締め上げられて痛むので切除せざるを得ないとか、小腸を栄養する血管に血の塊がつまって血流がわるくなり、腐って切除せざるを得ないなど、小腸以外の病変にまきこまれて、切除に至るケースが圧倒的に多いです。小腸は、お腹の左上、十二指腸がトンネルから出てきた地点から始まり、お腹の右下、盲腸につながって終わりますが、3mぐらいあり、ブラブラで可動性良好なため、その切除吻合に関して問題になることは何もありません。ただ小腸は、食道切除・胃切除・膵頭切除・胆道切除・膀胱全摘などのあとの再建臓器として、いろいろと“使い手”が多いため、この点に関するさまざまなトラブルは発生します。小腸にまつわるいろいろなトラブルと、その外科的解決について、実際の症例を挙げてお話しましょう。
20歳、女子大生。
ある晩、上腹部が急に張って痛む・吐くと訴えてかけ込んで来ました。5歳の時に胆管の病気で手術を受けたが、その後は全く普通に生活してきたとのこと。担当医は、当然レントゲンとCTを撮ります。上腸部にものすごく拡張して、パンパンになった腸が見えるため、術後癒着による腸閉塞と診断し、直ちに全身麻酔をかけて開腹。gasと腸液で張り、色の悪くなった小腸が目の前にとぐろを巻いており、どこが原因なのか腸をたぐっていくが、いったいどうなっているのやら訳が分からない。15年前の胆管の病気が何で、どういう手術を受けたのかも分かっていない。
夜中の1時に家で寝ていた私は、担当医からの電話で起こされました。「実は、こうこうで手術中なのだが、どうなっているか分からないので、胆道系に詳しい先生に来てみてもらいたい。」
とのこと。
車を運転しながら病院に着くまでに、私が考えたことは、(1)女性 5歳時、胆道の手術、その後調子が良いということからして、おそらく“総胆管のう腫”だったのだろう。(2)外科医として充分経験を積んでいる担当医が“どうなっているのかわからない”というぐらいだから、おそらく普通の術後癒着による腸閉塞ではないだろう。(3)胆道を切除したあとに小腸で胆道を再建しているだろうが、おそらく凝った再建術式が行われており、この再建に用いた小腸が問題を起こしているのだろう。(4)すると、問題を生じている再建小腸をを切除し、胆道再建をやり直さなければならないが、肝門部にタッチしなければならなくなる。(5)緊急手術であり、肝門部において、肝動脈や門脈のような大切な血管がどのように走向しているか、術前血管造影による評価ができていない。(6)かなり危ない手術になるが時間をかけてゆっくりやるしかないだろう・・・というようなことです。
結論から申し上げると(1)〜(6)は、全て当たりでした。夜中の1時半に術場に入り、出てきたのは朝の5時でした。彼女はいま元気に大学に通っています。
50歳男性。漁師で大酒飲み。
7年前のある晩、突然ひどい腹痛がはじまり、かつぎこまれました。開腹すると小腸のほとんど全部と大腸の右半分が、腐って変色しており、全て切除しました。上腸間膜動脈血栓症という病気で、腸を栄養する血管がつまって、腸の血流がなくなり、腐るのです。心臓で言えば心筋梗塞、脳で言えば脳梗塞にあたります。
この病気は、救命率50%未満。社会復帰できる確率は、おそらく10%未満でしょう。腸の大半を切除してしまうので、残りの小腸は、わずか30〜40cmになってしまいます。これでは消化吸収ができません。
この患者さんは、2〜3年点滴を要しましたが、少しずつ食べられるようになり、点滴がはずれて自分の足で歩いて家に帰りました。たまに点滴が必要で、食べ物に制限もあり、のみぐすりも必要ですが、まがりなりにも自宅へ帰れたという点で珍しいし、7年経ったいまでも元気です。
私自身、この手術は10例あまり手がけましたが、あまりに重篤な病態であるため、術後数週から数ヶ月、長くて1年の間に亡くなっています。長生きしているのは、この方ともう一人の合わせて2人しかいません。
83歳女性。もともと元気で子だくさんの人。
右下腹から右大腿部前面に痛みのあるコブができたが放っていたら、コブはますます大きくなり、痛みも増し、赤くはれ上がってきた、39度の高熱も出ているということで搬送されてきました。大腿ヘルニアという脱腸があり、とび出した小腸が戻れなくなって、締め上げられ、腐っているのです。開腹し、とび出した小腸をひっぱり戻して、腐った部分を切除、健常部で吻合、ヘルニアの穴を修復して手術終了です。
人間、年をとると下腹部の筋肉が緩んで、脱腸になりやすいのですが、喘息があって咳をする人、重い物をかかえる人、子供をたくさん産んだ人、便秘がちで用便の時にりきむ人、などは要注意です。お腹のまわりには、ほんとうにいろんな穴があり、腹圧が上がることで、可動性のある小腸が穴にはまりこんで、抜けなくなるのです。穴の位置により、名前がついており、大腿ヘルニアに限らず、閉鎖孔ヘルニア・鼡径ヘルニア・傍十二指腸ヘルニアをはじめ、十種類以上あります。最も多いのが鼡径ヘルニアですが、詳しくはヘルニアの項に譲りましょう。このおばあさんは元気に退院しました。
15歳、男子中学生。食べた後に吐くと訴えて来院しました。
幼い頃より同様のエピソードがあったが、しばらくすると良くなるので、放っておいたが最近は、度々吐くのでやってきたそうです。
レントゲン写真をとると、十二指腸が空腸(←小腸のはじまり)へ移行するあたりに通過のわるい部分があるが、何かできものがあるわけではなく、外から圧迫されて通過障害があるようです。胃カメラを十二指腸の先まで、おしこんで観察してみると、やはり何か外から圧迫されて通りが悪くなっています。
診断は“総腸間膜症”です。腸を栄養する血管の束が、十二指腸〜空腸移行部を外から圧迫するために、食べたものが通りにくくなっているのです。小児外科の珍しい病気です。緊急性はありません。
もう手術から10年以上経ちますが、先日、町のアーケード街で、大人になった彼に偶然再会しました。元気そうにしていました。
70歳男性。
30年前胃潰瘍で胃切除を受けたが、その後は調子が良くて病気もせず、最近の検診で肺に影があると指摘され、その検査のために入院していました。
肺の影は癌ではなく、昔の炎症の跡とわかり、もう退院と思っていた矢先に突然の腹痛が襲いました。担当医が癒着による腸閉塞と診断して開腹したが、これといった異常がなく閉腹、しかし腹痛はますますひどくなり、血圧も保てなくなり、2日目の夜中に再開腹。その手術の最中、家で寝ていた私は電話で起こされました。「とにかく来てくれ。」と。
この患者さんをみるのは、このときがはじめてであった私は、今までの経過をききながら、手洗いをして術衣を着ながら、そこに掛けてあったレントゲンとCTをひょいと見ました。CTを見て“もしかしたらあれかもしれない”と思い、術野をみてみると、まだ問題の部分が展開されていない。
答えを言いましょう。“輪入脚閉塞症”です。30年前の胃切除の時にBillroth
II法という再建法が行われており、盲端となった十二指腸の出口が、癒着のために閉じてしまった状態です。十二指腸というところは、いやらしいところで、お腹の奥の方のトンネルを通っているため、通常の術野展開では全貌を明らかにすることができません。また、胆汁・膵液といった消化液は、十二指腸に流れこむようになっているので、十二指腸の出口が閉じてしまうと黄疸が出たり、膵炎になったりします。
この患者さんもまさにそれで、十二指腸の中程を過ぎた裏側の膵臓寄りが破れており、後腹膜というところに膿がたまりはじめていました。この輪入脚閉塞症は稀かつ重篤な病変であり、死亡率50%強で、診断治療がむつかしいです。この患者さんは、なんとか救命したのですが、あれから3年、寝たきり生活となってしまいました。
一度あることは二度あるもので、このすぐ後にまったく同じ病変の患者さんが入院し、手術によって解決、元気に退院していきました。この2人の順序がもし入れ替わっていたら・・・。逆の結果になったかもしれません。誰がいいとか悪いとか言うのではなく、“病気で医者にかかる”ということは、いろんな意味で、“運”だと思うのです。宝くじで大当たりする人もいれば、落雷で亡くなる人もいる。患者さんにも“間のよい人”と“間の悪い人”がいます。
小腸の切除について5例のてんまつをお話しました。2例目・3例目は、そう珍しくもありませんが、1例目・4例目・5例目はかなり稀であり、一般的な外科医の中で、これを経験した人は、そういないでしょう。「普通ならこういうふうになる」というワクから、はみ出してしまう人々を1人でも多く救うために、我々は日ごろから勉強が欠かせません。医学の勉強も大切ですが、人生勉強も大切です。
次回 第9回は、ヘルニア=脱腸の修復手術についてお話しましょう。
H16.6.3 中島 公洋
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