中島先生便り
第13回 膵切除(その4)

第13回は、膵臓シリーズのラスト、

です。

8.膵癌の抗癌剤治療

我々一般の外科医にとって、これほどむつかしいテーマはありません。癌のたちがわるいので、やってもやっても成績が上がらず苦労しています。ところが最近、この分野にわずかながら光がさしこんできました。新しい抗癌剤Gが使えるようになったのです。

Gはもともと肺癌のくすりでしたが、H13.4月から膵癌にも使えるようになりました。もう少し正確に言うと、欧米では以前から膵癌に対するGの有効性が認められ使用されていたのですが、日本の厚生労働省が膵癌に対するGの使用を認めたのが、H13.4月であったということです。もっと正確に言うと、膵癌にGを使ったとして、その費用は全額個人負担であったものが、H13.4月から保険適用となり、3割負担でOKになったということです。

実は、H13.4月以前、膵癌にGを使うことは、たとえ全額負担であっても許されないことだったのです。告白しますが、私はH12.末から、この禁を破っていました。私が禁を破ってGをはじめて使った切除不能進行膵癌の55歳男性の話をしましょう。

H12.11月のある日、この人は私の外来を初診しました。長いこと東京でサラリーマン生活を送り、最近体調不良で医者にかかったところ、膵臓がわるいといわれて、国立がんセンターで検査を受けたそうです。結果は膵癌で、進行しており、全くの切除不能、余命3ヶ月と宣告され、余生を郷里ですごそうと帰ってきて “terminal=終末” の医療を依頼するために、私の外来にきたのです。

私は外来でもう一度、検査をさせてもらいました。たしかに膵体部を中心に頭部・尾部へまたがる進行膵癌で、大切な血管を複数ヶ所でまきこんでおり、全くの切除不能。やはり国立がんセンターの診断は正しく、私ごときが出る幕はなさそうです。ただし、あきらめるのは、まだ早いと思いました。患者はまだ若いし、幸い黄疸がまだ出ていない、数日前、抄読会で若い先生が読んだ論文は、たしかヨーロッパの方から出たもので、膵癌の抗癌剤治療の話だった・・・。ダメモトで、この抗癌剤をこの患者さんにためしてみよう。Gは肺癌に使われているのだから、いくらでも手に入る。病名は肺癌ということにしておこう。

あれから3年半経った今、患者さんは元気です。全く信じがたいことです。病名を偽ってGを使用した私の行為は、サギに当たるのでしょうか・・・。とにかく guilty であることは間違いないでしょう。

この患者さんについては、もうひとつ興味深い話があります。初診時に、進行膵癌とは別に、ごくごく小さな早期胃癌も発見されていたのですが、膵癌の治療が先ですから、胃癌の方は放置しました。1年経って、膵癌はググッと小さくなりましたが、胃癌はどんどん大きくなって立派な進行癌となり、切除せざるを得なくなりました。

私「胃も切るがついでに膵臓も切りたい。今なら癌は小さくなっているから切れる。」 患者「胃だけにして下さい。膵の手術は大変だと本に書いてありました。」 私「胃切除だけを2時間でやりましょう。でも、このとき膵臓の針生検だけは、させて欲しい。」 患者「膵の組織を細い針で少しとってきて検査するだけですね。それならOK。」 以上のような、やり取りの結果、胃切除+膵針生検がH13.末に行なわれました。

まず胃を切除し、膵を全長にわたって観察すると、膵は硬く白く変化していました。触ってみましたが、どこに癌があるのかわからない。超音波プローブを直接膵にあててみたが、やはりわからない。仕方がないので、膵の頭・体・尾部から針生検して手術を終了しました。

顕微鏡検査の結果、体部の生検組織からまぎれもない膵癌の組織・細胞が検出されました。その後もGを中心とした抗癌剤治療を継続し、今現在に至っています。患者はピンピンしています。癌は治っていないのです。“眠っている”という言い方がピッタリしていると思います。

この経験に勇気づけられ、その後たてつづけに10例ほどの切除不能進行膵癌をGを用いて、いろいろな組合せで治療してみましたが、それ以前のやり方に比べて、かなり良い成績が得られました。

しかし、第1例目に経験した目を見張るような症例には出会っていません。Gが良い薬だということは、よくわかりましたが、同じ進行状態の癌に、同じような抗癌剤を使っても、すごくよく効く人と全く効かず、かえって悪くなる人がいる。

どこにその境界ラインがあるのか本当にナゾです。薬と患者の相性でしょうか? 患者の免疫能でしょうか? 医者のサジ加減のよしあしでしょうか? 患者がこっそり使っていたアガリクスでしょうか?

わからないことだらけです。ただ長いこと日常的に、このような患者さん達と接してきて言えることがひとつだけあります。医者と患者の“波長”が合って、何故かしら医者の側は、やる気が出てくる。何故かしら患者の側は、全幅の信頼を医者におく、そういう時に良い結果が出てくるような気がします。

医者はある意味、科学者であって、私も数学や物理が好きなクチですが、そのような私が、“波長が合って・・・”などと宗教めいた言い方をするのは気がひけます。しかし、そうとしか表現できないのです。

75歳女性。左の首の根元にコブができたといって初診しました。
Virchow リンパ節です。ウィルヒョウと読みます。左鎖骨の上=左の首の根元に、大きなウメボシほどのコブができています。これは、胃とか膵臓とか、とにかく上腹部の臓器に非常に進行した癌があって、その癌がリンパの流れに乗って、左の首の根元に転移してきた状態であり、“全くの手遅れ”です。

調べてみると進行した膵癌でした。この人にGを含めた抗癌剤治療をやり、一旦よく効いたのですが、1年半で亡くなりました。

皆さん1年半と聞くと、なんだそれぐらいかと思うでしょうが、Virchow リンパ節転移のある進行膵癌を1年半もたせるのは大変なことなのです。

Gを使っても全く効かず、通常のコースをたどって3ヶ月で亡くなった方もたくさんいるし、2年生存中・2年半生存中の方もいます。ただし、3年は無理だろうなと外来で診てて思います。冒頭で挙げた3年半の症例がどこまでいくか、祈るような気持ちで見守っています。

私はもともと手術手技をとことん追及するタイプの外科医で、これまでハデな手術を多数手掛けてきました。他の外科医が敬遠するような病態にも自らすすんでとびこみ、多くの失敗や目を見張るような成功を経験してきました。

こういう生活を送っていると知り合いの内科の先生方から、あの先生ならなんとかしてくれる的な見方をされるようになり、次々と進行癌が集まってきました。切れるものは切るという基本的なスタンスで対処しますが、やはり全く切除不能の患者さんも多い、必然的に抗癌剤を使わざるを得ない、使うからには上手に使いたい、皆がアッと驚くような成果を出したい・・・と思うようになりました。

このため抗癌剤の勉強をかなりがんばってやりました。もともと手術手技以外には興味がなく、物理的な問題を物理的に解決して、流れてきた私でしたが、抗癌剤治療に取り組まざるを得なくなり、患者さんの気持ち、家族の祈りなどが、本当は大事なことなんだなと気付くようになりました。人間どうせ、いつかは死にますが、その時に私が介入することによって、苦しみが楽になったり、はたまた死が遠のいたり、ことによっては完全に生還したりというような現象が起きるよう、これからも微力を尽くしたいと思います。

なんだかwetになってしまいましたが、進行膵癌の治療をやっていると、そんなことを考えるのです。

以上で膵臓の話を終わり、次回第14回は、乳癌の話をしましょう。

H16.8.13 中島 公洋

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