中島先生便り
第12回 膵切除(その3)

第12回も、膵切除のつづきで、

の話をします。

6.膵癌以外の膵切除

前々回、前回にお話したように膵臓=ツチノコですから、癌ができたら仕方なく切りますが、癌でなければ “できればそっとしておきたい” “メスを加えて怒らせたら始末におえない” という感じが膵臓にはあります。でも癌ではないのに膵臓にメスを加えなければならない人々がいます。癌ではないので、私の方もなんとか、のみぐすりや点滴で治療するのですが、だんだんどうしようもなくなって、手術に踏み切るというパターンが多いです。

45歳女性、会社員。5年以上前から度々腹痛発作があり、慢性膵炎と診断され、投薬をうけ、入退院をくり返していました。私が初診したときには、膵臓に仮性のう胞と呼ばれる大きな袋が3つもできており、膵実質に石灰化と呼ばれるカルシウム沈着が多数生じており、典型的な慢性膵炎の経過です。

腹痛発作に同期して、袋ができたり、しぼんだりしながら、次第に膵機能が衰えて、消化不良・下痢、ひどい糖尿病となってやせてきます。さらには、左側門脈圧亢進症という、むつかしい病態を併発し、脾臓が大きくなり胃静脈瘤ができて、破裂吐血する人もいます。

このような膵炎の原因は、酒・胆石・原因不明と3種類に分けられておりますが、原因がどうであれ、要するにツチノコの背骨のラインを走る膵管の流れが悪くなって、膵液が膵臓内に滞って、膵臓自身を消化してしまうために、ふくろができたり、石灰化が生じたり、膵石ができたりして “とにかく痛い” のです。入院している間は、点滴治療でおちついていますが、家に帰るとまた同じことの繰り返し。

この方の場合もまさにそれで、手術も考えましたが、まあまあとりあえず別法でいこうと思いました。全身麻酔下に胸腔鏡で左右の縦隔肋膜をひらき、大内蔵神経を切断したのです。膵臓に直接touchせず、膵臓の痛みを伝える神経だけを切ったわけです。

効果はテキメン、痛みはピタリとおさまり、笑顔で退院していきました。左右の胸に小さな傷がチョコッとついただけで、この効果が得られたわけですから、万々歳でした。

それから1年ぐらいして、彼女のことも忘れかけていた頃、当直の夜中に彼女からの電話に起こされました。電話のむこうで彼女は泣いていました。曰く、「半年くらい調子よかったが、また痛みが少しずつ出てきて、下痢がひどくやせるので、1ヶ月前大学病院に入院した。今大学病院の廊下の公衆電話からかけてる。お酒は一滴も飲んでいないのに、ドクターやナースから飲んだんじゃないのと言われてくやしい。それより何より、ここ=大学病院にいても治る気がしない、退院して先生の病院へ行きたい・・・。」

医者冥利に尽きるとは、このことですが、今私のいる小さな病院で、この手術ができるかどうかちょっと心配でした。私も赴任して間もなかったし何より、できればやりたくない難しい手術です。

結局、彼女は当院へ入院し、膵頭部芯抜き+膵空腸側々吻合+胆摘+脾摘を行いました。内科での前治療のため胃の背側と膵前面が恐ろしく癒着しており、血管の同定に手間取ったので、8時間くらいかかりました。出血量は500mlくらいで無輸血でした。彼女は、笑顔で退院していきました。

もう一人、46歳女性。慢性膵炎ですが、この人はアルコール性です。
腹痛発作のため、毎晩病院へかけこんで注射をうってもらうという生活を5年以上続けており、時には入院することもあり、病気のことはよくわかっています。

痛くなるのはわかっているのに、夜がくると飲んでしまう。要するに心の病気です。この人に対して、私はつい最近、膵空腸側々吻合をして、痛みはなくなりました。手術は100%成功しており、患者は喜んで退院しましたが、しばらくするとまた元の生活に戻ってしまいました。痛みが出ることはないが、下痢や糖尿のため体がだるいと訴えます。

物理的な問題を物理的に解決はできても、人の心の暗闇をそうじしてやることは難しい。酒さえ飲まなければ、全く普通の生活ができるし、本人もそのことを重々わかっているのにそれができない。こんな時、肝っ玉かあさんみたいな婦長がいて、厳しく優しく指導してくれるといいななんて思いますが、テレビや劇画の世界と現実は違います。

65歳男性。胆石があり、時々痛んでいたのに放っておいたらある晩、猛烈に痛くなり、かつぎこまれました。黄疸があり膵臓も腫れています。胆石による急性胆管炎と急性膵炎です。直ちに開腹し、胆のうを摘出し胆管を開いて石をとり、膵床ドレナージを行いました。膵周囲の後膜膜領域は、急性膵炎に伴う浸出液が多量にみられました。これを体外に誘導してやるわけです。おできを切開して膿を出してやるようなものです。

術後経過は良好で元気に退院しました。腹腔鏡で胆摘していれば済んだものを、ここまでひどくなると、お金も時間も手術創の大きさも5倍になってしまいました。

40歳男性、酒の飲みすぎによる急性膵炎。
15年ぐらい前の話ですが、アルバイト先の病院で緊急手術しました。急性膵炎は、“内なる大ヤケド”=internal burn と呼ばれる非常に重い病気で、腎不全・呼吸不全のような全身の病態にすぐに結びついていきます。

腹部にメスを入れると出血してくる血が黒い・・・肺のガス交換が悪いためです。膵床ドレナージを行なった後、術後にその管を利用してお腹の中を洗います。3ヶ月ぐらいかかりましたが、無事退院していきました。

以上、慢性・急性の膵炎に対する外科治療について書きましたが、これらは必ずしも膵を切除するわけではなく、膵を横にさばいて腸を縫いつけ、膵液の腸への排出路をつくってあげたり(←慢性膵炎)
ドロドロになった膵にtouchできないから、その周囲にくだを入れて洗ったり(←急性膵炎)するのです。胆石による急性膵炎では、ひどい目にあったことがありますが、その話は胆石症の項にとっておきましょう。

膵を切除するわけではないが、膵にメスが加えられる手術として、総胆管のう腫=先天性総胆管拡張症の手術があります。

肝臓でつくった胆汁という消化液を十二指腸へ運ぶルートが総胆管ですが、この総胆管はわざわざツチノコの頭を貫き、さらには膵管と合流して十二指腸へ出ていくことは前にも触れました。この胆管と膵管の合流部が生まれつき微妙にずれているために、胆汁の流れがわるくなって、本来エンピツの太さ程の胆管が、親指〜手首の太さほどに大きくなり、膵液も逆流してきて、痛んだり、黄疸が出たりする病気です。放っておくと中年すぎに胆道系の癌が発生するので、太くなった胆管を切除し、小腸で胆道再建してあげなければなりません。

本来小児外科の病気なのですが、症状が軽いと大人になるまで、そのまま持っている人がかなりいます。胆管をとる際にツチノコの頭に掘りこんでいき、奥の方で膵管との合流部を同定し、膵管を傷付けないように胆管だけ切除する必要があります。
つい先日も東京のどこかの病院で20歳代の若い女性がこの手術を受け、膵液が漏れて出血し死亡、その後裁判になったという記事が小さく出ていました。

私は術者として、この手術を10例ほどやりましたが、やはりツチノコの頭を胆管に沿って掘り込んでいくときはドキドキもんです。1例1例状況は異なりますし、膵管を傷つけないように細心の注意を払います。肝動脈とくに転位右肝動脈にも用心しなければなりません。

5年ぐらい前の話です。45歳女性が腹痛で私の外来へやってきました。
お腹に大きな術創があったので尋ねてみると、数年前、先天性総胆管拡張症で手術をうけ、その後しばらくしてから、度々腹痛発作がくるようになったというのです。調べてみると、膵頭部に大きなふくろがあって、この中に石ができています。

おそらくこういうことでしょう。術者は拡張した胆管を切除したのだが、ツチノコの頭に掘りこんでいくのが恐くて、途中で胆管を処理した→胆管の下端がかなりの大きさでツチノコの頭の中に残った→これがふくろ状になって膵液が停滞し、中に石ができた→このために度々痛む。この患者さんには、膵頭切除も含めて治療手段を示しましたが、そのあと外来に来なくなりました。今どうしているのか心配です。外科医として私は、この術者を軽蔑します。

30歳女性。腹痛で外来を初診し、超音波検査してみると小さな胆石が数個ありましたが、それより目をひいたのは、若い割に総胆管がけっこう太くて人差指くらいのサイズがある。さらに言えば、胆石とくれば太った中年のおばちゃんと相場が決まっているのに、この人は若くてスタイルがよく、とても胆石持ちには見えないのです。

普通に腹腔鏡で胆摘しましたが、そんなことより私が興味をいだいていたのは、術中の胆道造影です。胆摘の後、その場で胆管に造影剤を流しこんで写真をとるのです。案の定、胆管と膵管がツチノコの頭の中で、合流する部分に異常がありました。胆管内の胆汁を調べてみると膵液の成分が逆流してきていることがわかりました。

皆さんもうおわかりの通り、これは先天性総胆管拡張症の軽症例です。手術は胆のうをとっただけで終わり、術後は痛みもなくなって元気で過ごしていますが、将来的な胆道癌発生の危険は残っているわけで、胆道の切除再建をすべきか否か、私は迷っています。実は、このことをまだ患者さんには告げていないのです。言うとパニックになるのは、見えています。

言おうか、どうしようかと迷っていましたが、最近肝胆膵外科の全国学会に出席したところ、まさにこの問題が討議されており、とりあえず胆のうだけとって様子を見ることにしようという結論に達している感じでした。私はホッとしました。それで彼女にはまだ本当のことが言えずにいます。

最近 informed consent とか言って頭の良さそうな人達が天下り官僚的発言をしているのが目につきますが、何もかも本当のことを開陳してしまうことが良いことなのかどうか・・・。言わぬが花ということもあると思います。

26歳女性、新婚で妊娠5ヶ月。急にお腹が痛くなり、婦人科に行ったが赤ちゃんは大丈夫ということがわかり、婦人科の先生が私にコメントを求めてきました。

超音波検査をしてみると大きな総胆管のう腫です。妊娠中なので、レントゲンを検査をするわけにもいかず、とりあえずお腹の皮フ〜肝臓〜肝内胆管〜総胆管に管を通して、赤ちゃんが生まれるまでの5ヶ月間、胆汁+膵液を体外へ誘導しました。1日1000〜1500mlも出るので、点滴を必要とすることもありました。

無事出産した後、レントゲン検査を思う存分やって information を集め、いざ手術。この手術はいつになく緊張しました。のう腫が大きく、肝動脈分枝形態が通常とは異なるといった技術的な問題もありましたが、そんなことよりも、もし失敗すれば20歳代の若い女性の人生を台無しにするのみならず、生まれたばかりの赤ん坊を路頭に迷わせるはめになりかねない。幸い、手術はうまくいき経過も良好で退院。

最後の外来の日、“これから帰ってお乳をあげるんですよ”と微笑んだ彼女の笑顔は最高で、“外科の仕事もすてたもんじゃないな・・・。”と感じました。普段は、トホホなことが多いので、強く心に残った出来事でした。

膵癌以外の病気で膵にメスが加えられる病気として、慢性・急性の膵炎や総胆管のう腫の話をしてきましたが、最近では良性・悪性の中間的な性格をもつ膵腫瘍(←癌ではない)が多数発見されるようになり、学会でも論議されています。切る必要のないものが切られたり、切らなければいけないものが様子観察されたりと多少混乱している面もありますが、膵外科専門の先生方の努力によって次第に収束していくものと思われます。

さてもうひとつインスリノーマの話が残っています。膵に発生する小さなできもので、癌ではないがインスリンというホルモンを多量につくる性質をもっているので、特異な症状がでてきます。インスリノーマは非常に稀な病気で、私は術者になったことがないので、何もいう資格がないのですが、若い頃、受持医として手術の助手をつとめたことはあります。

30歳代の女性、小太り。彼女の夫の言うことには、“半年ほど前から急に気を失ったり、夜中に起き出して白装束に着替えて仏壇にろうそくをともし、ブツブツと念仏をとなえたり、はじめは気がふれたのかと思いました・・・。” インスリンが出すぎて低血糖になるのですが、その症状がこんなに多彩なものかと驚くとともに、いろいろと勉強になる患者さんでした。

手術はうまくいって元気で退院しましたが、この患者さんを初診でインスリノーマと見抜いた内科の先生に大拍手です。もし、今の私が初診したら、精神科専門医のいる病院へ紹介状を書くかもしれません。

7.膵切除後の栄養障害

PDをやると、5〜10kgやせます。それはある程度仕方ないのですが、10例に1例くらいの割で、ひどい脂肪肝になる人がいます。脂肪肝といえば、栄養過多つまり食べ過ぎの代名詞のようなものですが、これがPDしてやせた人にもよく起こるのですから、人の体というのは不思議です。
※PD:膵頭十二指腸切除 Pancreato duodenectomy の略

55歳男性、ひどい糖尿病持ちで、膵機能不良。
この人の膵臓に粘液をつくるふくろ状のできものが発見されました。症状はあまりたいしたことはなかったのですが、癌の疑いがあるというので、PDが行なわれました。もう15年程も前の話で、私は彼の受持医でした。その頃、このようなできもののPD例はまだ少なく、癌なのかそうでないのか、まだはっきりしていない時期で、“流されるままに” PDが行なわれたという感じでした。

手術は、非常にうまくいき、予定通り退院したのですが、それからが大変でした。糖尿はますますひどくなり、ヤセてしまい、そのくせ脂肪肝がひどくて、外来コントロールに手を焼きました。切除標本の顕微鏡検査の結果はシロ。こんなことならPDしなければよかったと思いました。PDは周術期も大変ですが、遠隔期の栄養状態管理が大変になる症例がいることを銘記すべきです。

PDは大きな手術ですから、ある程度は仕方ないのですが、何年も経ったあと、少なくとも買物をしたり、温泉にいったりする元気を残しておいてあげなければ、何のための手術かわかりません。

先日もある学会で、どうみても癌ではない膵腫瘍を有する83歳女性にPDをやったという発表が行なわれていたので、私はついつい、その発表者に文句を言いました。「やりすぎじゃないですか。」と文句を言ったら、「leakをおこさない自信があったので。」と答えてきたので、「そんなの当たり前だ。遠隔期の栄養障害まで考えるべきです。」と言ってやりました。手術だけやってハイサヨウナラの外科医も多いのですが、外来でPD術後患者の苦労を見るにつけ、安易な気持ちでやってはいけない手術だなと強く思います。

のう胞性膵腫瘍と呼ばれる一群の病気があり、ふつうのよくある膵癌とはちがい、良性・悪性の境がはっきりせず、手術すべきか否か判断に苦しむ病気です。

ここ数年、各科の先生方の努力でかなりはっきりしてきましたが、10年前は全く fuzzy でした。このとき私は、大学病院にいましたが、60歳男性のこの fuzzy な症例がPD予定で入院し、私が受持医として割り当てられました。上司は手術するつもりで入院させたのですが、私は受持医として、この患者さんと話し合い、手術せずに退院させ、外来で様子をみることに決めました。この所業は当初、上司の神経を逆なでしましたが、最後は笑って許してくれました。この患者さんは、今も元気です。

今回は、話が長引いてしまったので、(8)膵癌の抗癌剤治療は、次回に回し、じっくりと取り組むことにしましょう。

H16.8.11 中島 公洋

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酒井病院 Sakai Hospital