第10回は、膵癌の膵切除です。
ついにやってきましたこの話題。癌の中で最もたちが悪く、治癒を得ることが難しいもののひとつです。
はじめに私自身の術者としての成績を示します。40例切って5年生存率18%です。この数字は全国平均と比べてほぼ同等、ひいき目に見てやや良いか、ぐらいの数字です。切除例の5生率が10%そこそこという癌が他にあるでしょうか?
肺癌・食道癌・胆道癌20〜30%、肝癌40%、胃癌50〜60%、大腸癌60%、乳癌に至っては90%、もっとすごいのは甲状腺癌で95%を越えています。ところが膵癌の5生率は、切除例で10%、非切除例となると、その治療成績は惨憺たるもので、少なくとも私は、5年生きた人をひとりもみたことがありません。どうして膵癌はこんなに悪いのでしょうか。
まず第1に診断がむつかしい。乳癌はさわればわかるし、胃癌・大腸癌は内視鏡かバリウムでわかる。膵癌は胃の裏側の奥の方にあって内視鏡では観察できないので、超音波検査でみるのですが、これがまた見えにくい。特に太った人では、泣きたくなるほど見えません。太った人というのは本当に損です。
第2に手術が難しい。乳癌は体表面の手術であり、開胸も開腹も不要。胃・大腸は開腹を要するが、表層臓器であってやりやすい。そこへいくと膵臓は、深いところにあってまわりに恐ろしい血管がたくさんあります。
第3に効く抗癌剤が少ない。乳・胃・大腸の癌化学療法剤の品揃えの多さに比べて、膵癌は淋しい限りです。
以上3つの理由により、“膵癌は悪い”のですが、
第1の点は、内科・放射線科の努力により、造影CT・血管造影・膵管胆管造影・超音波内視鏡・膵腫瘍マーカーのような特殊検査が発達し、少しずつupしてきています。
第2の点は、外科の役割ですが、膵および膵周囲の詳細な外科解剖の理解が浸透しつつあり、新しい手術器械も登場してやはり少しずつupしてきています。難しいことにあえて挑戦しようとする気概をもった若い外科医の登場を待っており、昨今の“優しい”とか“人の気持ちがどうこう”とかいうヤワな発想の対極に位置する
“冷徹で上手なBlack Jack” が必要とされる領域です。
第3の点は、内科と外科の協同作業であり、最近わずかながら望みのもてる抗癌剤が登場してきており、ほんの少し光明が見えています。以上3点ともに少しずつupしており、10年後・20年後、膵癌の治療成績がどうなっているか楽しみではあります。しかし正直、最下位を脱出していないでしょう。それほど膵癌は悪いのです。乳癌の患者サークルはあちこちにありますが、膵癌の患者サークルはありません。命が短すぎてサークルをつくるどころのさわぎではないのです。
膵癌は胃の背中側の後腹膜というところに埋まって、横にねそべっているとうふのようなやわらかい臓器で、頭が右、しっぽが左です。膵の頭は、十二指腸の半円カーブにつっこまれており、しっぽは左奥の脾臓にくっついています。
まわりには、いろいろな血管がからみついており、その中でも特に、肝動脈・上腸間膜動脈・上腸間膜静脈〜門脈の3本は、損傷することが、絶対に許されない血管です。左腎動静脈・脾動静脈・中結腸動静脈・下腸間膜静脈などの曲者もめじろ押しで、油断がなりません。
膵臓は膵液という消化液をつくって十二指腸へ分泌排出しているわけですが、この膵液というやつは、一旦お腹の中に漏れ出すと、周囲組織をとかして膿のかたまりをつくったり、血管をとかして出血させたりと、全く始末におえない悪事を働きます。胃液や腸液が漏れるのと訳がちがい、まさに恐怖です。
したがって膵手術の失敗は、生命に直結する大問題をひきおこし、この点において胃やら腸やらの手術とは、一線を画しています。
それでは、これから膵癌に関する私の経験をお話します。
教科書通りの通常コースをたどった大半のケースはそっちのけにして、失敗例、うまくいかなかった症例を中心に反省をこめて、お話しようと思います。
65歳女性、便秘で初診しました。
おしりの穴からバリウムを入れて検査してみると、左上腹部の下行結腸というところに通りの悪い部分があります。よくある大腸癌とは異なったレントゲン所見だったので、大腸カメラを入れてみましたが、問題部分に到達できませんでした。CTをしてみましたが特に異常所見ありません。CEAという大腸癌の数字も正常でした。
まあまあ、CEAが正常な大腸癌もあるし、もしかしたら大腸癌ではなく、虚血性腸炎の瘢痕狭窄型といわれるものかもしれない。いずれにしても便の通りが悪いのは事実であり、手術しましょうということになりました。
開腹してみると下行結腸の背面〜左腎前面〜膵尾部下縁がなんともいえず硬く、ひとかたまりになっていて、大腸癌でないことはすぐにわかりました。
何かの原因で下行結腸の背面に穴があき、後方に穿通して、そのあたりが硬くなっているのかと思われました。とにかく腸だけ切るわけにもいかず、下行結腸〜左腎前面Gerota筋膜〜左副腎〜膵体尾部〜脾を一塊として摘出しました。
無輸血で終わり、術後経過も良好でしたが、2週間後に帰ってきた病理検査をみて、びっくり仰天しました。“膵尾部癌の大腸浸潤”でした。もう一度、術前CTを見直してみると、“そういえば、これかなあ”というくらいの所見しかなく、やはり術前診断は無理だったと思います。全くおそろしいことです。
現在、術後1年、幸い癌の再発もなく、患者さんは元気ですが、今後どうなるかわかりません。本症例の癌告知については、相当悩みましたが、つつみかくさず告げました。外来で2週間に1回の抗癌剤点滴治療をつづけるためには、癌の告知は欠かせません。幸い受け入れて頂きました。
膵癌が周囲臓器へ直接浸潤する際には、大きな腫瘤をつくっていることが多いもので、検査をすれば誰の目にも明らかなものですが、本症例は例外中の例外といえるでしょう。例外ついでに“無再発という例外”も達成したいものです。いまなんとなく達成できそうな予感はもっています。
60歳男性。
左背部の鈍痛で初診し、膵癌が発見され切除しましたが、腹膜再発により、1年半で亡くなりました。手術も術後抗癌剤治療も私にできるだけのことを精一杯やらせて頂きました。手術は無輸血でしたし、抗癌剤の副作用が出ないよう、外来で手を替え、品を替え、工夫したつもりです。1年半の命というのは、専門的に見れば“まあこんなもの”という妥当な線だったでしょう。しかし、この患者さんにとんでもないことが起こったのです。
術後3ヶ月目、まだ腹膜再発していない時期なのですが、“なんとなく体がだるい”と訴えるので採血してみると、肝臓の数字がかなり上がっており、原因を探っていくと、なんとC型肝炎だったのです。術前に必ず check するC型肝炎ウィルス検査は陰性だったのに、検査・手術のあと退院して3ヶ月でC型肝炎ウィルス検査が陽性になっているのです。
これは大問題で“病院でC型肝炎がうつった”ということになります。最も疑うべきは、輸血ですが、この方の場合、手術はもちろん入院を通して輸血はしていません。
検査や点滴などの際、妙なことが起こったのではないかと考えられましたが、結局、院内感染対策委員会が出した結論は「原因不明」。
しかし、これでは患者家族は納得しません。主治医である私と家族との話し合いの中で、「裁判」の話も出ました。それは私も「そうして下さい。きっと原告が勝つでしょう。」とお答えしました。この話を委員会で報告した私は、病院幹部から叱責を受けましたが、官僚的体質に染まった彼らには、丁度良い刺激になったことでしょう。最終的には、患者も家族も「一生懸命やってくれた先生の病院とけんかするようなことはしたくない。それよりもこれからの治療をよろしくお願いします。」とおっしゃって下さいました。
病院でC型肝炎がうつるなどということが、今の世の中に現実に起こるのですから、全く恐ろしいことです。もちろん、こんなことは稀中の稀で私も初めての経験でした。
55歳女性。
切除不能の進行膵癌。全く手の施しようがありません。
膵癌では切除に至らず、切除不能のまま、あまり効きもしない抗癌剤治療を受ける人が、圧倒的に多いです。その当時、このような症例は1年持てば万々歳。当時の抗癌剤治療で、切除不能膵癌を2年持たしたのが私の最高記録でした。今現在の私の最高記録は3年半。しかし大半は3ヶ月〜6ヶ月で亡くなります。
この患者さんの場合も家族がなんとかしようとかけずり回り、いろいろな民間療法やら週刊誌記事に載った妙な薬やら、いろいろともってきて、往生しました。患者さんは、3ヶ月で亡くなりました。膵癌では、よくあることで、全く普通のコースなのですが、家族はこの現実の受け入れができず、私に食ってかかるのです。このような方々の相手をして、納得して頂くのも主治医である私のつとめなのですが、本当に疲れます。
私もいい歳なので、このような状況に陥った患者家族の心情はよく理解でき、できるだけご希望に添うようやっておりますが、わらをもつかむ思いの家族の心につけこむような新聞広告やら週刊誌記事やらが多すぎる。よくもまあ誇大広告で捕まらないものだと思います。
ちなみに癌治療の現場に21年いる私は、このような広告なり記事のくすり(といえるのか?)が効いたという事例をただの1例もみたことがありません。今後、是非ともそういう症例を目のあたりにしてみたいものです。
60歳男性。太っており、糖尿病もあって内科にかかっていました。
腹部の違和感があるというので、胃カメラやら大腸カメラを受けましたが、たいした所見なく超音波検査を受けました。若い先生がやりましたが太っているため、よく見えないということで私が呼ばれ、超音波検査を再検しました。
胆のうに径35mmの大きな石があり、肝臓は脂肪肝、膵はよく見えませんでしたが、腹部違和感の原因は胆石であろうと考えられました。そこでDIC−CTという胆道系をみるためのCT検査を行った後、腹腔鏡で胆摘しました。経過良好ですぐに退院しましたが、1ヵ月後この患者さんが、別の病院で膵癌の切除手術を受けたというのでびっくり仰天しました。癌は、膵頭部の裏の方の鉤部というところにあったそうです。
私がやった超音波では見えておらず、またDIC-CTでも鉤部は撮影されているが、腫瘍影はとらえられていない。さらに腹腔鏡で胆摘した際の術中胆道造影でも異常所見なし、というのですからお手上げです。
数ヶ月前からあった腹部違和感の原因が、実は膵鉤部の癌であったのに、そのことに私が気付かず、大きな胆石に目を奪われて、表面的な診断治療に終始してしまったわけです。患者さんや家族の方々に何とお詫びしてよいやらわかりません。
一生懸命やっている割りには、成果が上がらず、しかもそれが人の生命に直結してしまう。こんな時、この外科という仕事がいやになります。
以上、膵癌についての troublesome な症例を4例挙げました。
1例目は診断の甘さ、2例目は院内感染、3例目は冷静さを失った家族との確執、4例目は許されざる誤診です。膵癌は本当に難しいです。
唯一の救いは、私が手がけた多くの膵癌手術症例において、手技的な失敗=technical failureがなかったことです。これがあると外科医として立つ瀬がありません。
それでは、ここから
- 基本的な膵切除術式
- 膵切除後の再建
- 膵液leakのよもやま話
- 膵全摘
- 肝膵同時切除
- 膵癌以外の膵手術
- 膵切除後の栄養障害
- 膵癌の抗癌剤治療について
私の個人的な経験に基づいた話をしていきますが、ながくなるので、今回は1・2、次回第11回に3・4・5、次々回第12回に6・7・8をやりましょう。
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