前回 第15回までは、外科疾患の各論を臓器別にお話ししてきたし、まだ話していない臓器もあるのですが、ここらへんでひと息入れて総論的なことをお話ししたいと思います。
私は現在、大学を卒業して21年目の平均的な中堅外科医ですが、20年間を官公立の大きな病院で過ごしました。大学病院12年+国立病院8年です。この間、国家公務員であったわけです。
20年目のおわり、国立病院を去るときに、若い先生や看護婦さんが、何か
lecture をしてくれというので、4つのネタを作りました。
第1は、H8.4月〜15.5月の7年間に私が手がけた major な手術の手術成績。第2は、外科系の若い先生を対象とした
“抗癌剤治療の極意”。第3は、やはり外科系の若い先生を対象とした “術中突然の大量出血〜止血の極意”。第4は、若い看護婦さんを対象とした「国公立病院の看護婦さんが陥りやすい官僚的体質」です。
今回 第16回は、この中から “抗癌剤治療の極意” についてお話しします。極意などというと、チョットキミ、大きく出すぎているんじゃないのと言われそうなので、“抗癌剤治療のコツ”
という題にしましょう。これは、20項目から成る箇条書きの短い文章で、治療する側からみたコツが、書かれているのですが、治療を受ける側の人々が読んでも、納得する点が多々あるのではないかと思います。順に原文を挙げて、素人の皆さんにもわかりやすいようコメントをつけていきます。
1.「本に書いてあることは半分以上ウソ、上司の言うことも半分以上ウソ。」
抗癌剤関連の本は山ほどあるし、論文もどんどん出ています。薬品メーカーのプロパーさんは、次々に新薬のパンフレットや information
を持ってきます。あふれる情報の中から、真実かつ有用なものだけを pick up するのは大変ですが、自分の頭でやるしかありません。いちばんいけないのは、本に書いてあることや上司の言ったことを鵜呑みにすることです。必ず失敗します。
2.「副作用を出したら負け。」
体がきつい、吐く、下痢をする、食欲がなくなった、熱が出る、髪が抜けるなど、いろいろな副作用があります。各々の症状を Grade1から順に2、3、最もひどいのを
Grade4としたとき、せいぜい2くらいまでなら許せますが、3はダメ。白血病の治療とちがって、固形癌の抗癌剤治療は、ひどい副作用を出したら、その時点で負けです。治療を続けられなくなってしまいます。
3.「dose の適量は、患者により10倍以上の開きがある。やってみないとわからない。」
6.「薬剤は少量から使い始めて、少しずつ増やしていく。」
dose とは、抗癌剤の投与量のこと。どこぞの偉い先生が書いた本を信じて、そのまんまの量を、1日目にこれこれ、2日目にこれこれと投与するようでは、必ず失敗します。
“今日は娘さんのピアノの発表会にいくんですよね、それじゃ半分に負けときましょう。” 的な、融通をきかせることも大切。皆さん驚くかもしれませんが、勉強ばかりして医学部に入った連中には、この融通性が欠けていることが多いので要注意です。
4.「PRやCRを出したその後が大事。」
PRとは partial response で、癌の大きさが半分になったの意。
CRとは complete response で、癌が消えてなくなったの意。
がんばってやっていると、だいたい10人のうち2人にPR、1人にCRを得ることことができますが、そういう喜ばしい結果を出したことに喜び過ぎてはダメということ。その薬が効いて今は癌がみえなくなっているが、その薬が無効な細胞株たちが、反転攻勢をうかがって眠ったふりをしています。しばらく治療をやめ、薬を変えるか、継続するなら
dose を減らします。PRやCRのぬか喜びで、かえって短命になったという例はいくらでもあります。
5.「副作用のない long NC がbest。」
PRもCRも要らない、“ワタシャ NC=no change でいいんです”という態度が大切。副作用が出ない状態で、NCが半年も1年も続いたとしたら、こんな立派なことはありません。この
long NC は、PRやCRよりもよっぽど価値あることで、治療を担当する側としては “癌を治療しすぎないように” という気持ちが大切。治療しすぎると必ずシッペ返しがきます。
7.「PDなら迷わず薬剤を変えていく。」
CR、PR、NCの次が、PD progressive disease で、“治療しているのに癌が大きくなっていく” の意。PDなのに漫然と同じ治療が継続されている例が多い。そんな治療なら、何もしない方がまし。
8.「WBC、marker、CT などの検査をやたらとしない。顔色でわかる。」
抗癌剤の dose が多いと、血液中のWBC=白血球数が減って危険な状態になる。抗癌剤がよく効いていると、血液中の marker=腫瘍マーカー=癌の勢いを表わす数字が下がるし、効いていないと上がる。CTを撮ると癌の大きさの変化がわかる。したがって、抗癌剤治療中には、WBC、marker、CTで
check を入れる必要があるのですが、こういう検査をやたらとする先生がいます。検査は痛いし、お金もかかる。顔色と触診で判断して、できるだけ検査をしない先生が○です。しかし、そうなるためには、医者と患者がお互いの
character を理解し合っておく必要があり、一朝一夕にはできません。眼を見て話し、触ってみることが大事。
9.「経口剤で効くものは、今のところほとんどない。」
薬には、のみぐすり=経口剤と、注射剤とがあります。抗癌剤にも、経口剤と注射剤があります。抗癌剤の経口剤はいろんな種類があり、日本ではたくさん外来で処方されていますが、“効くものは今のところほとんどない”
と思ってまちがいないです。もし効いたら、それは大ラッキー。宝くじが当たったようなものです。素直に喜べばいいのですが、あたる確率はすごく低い。
10.「注射や採血のような痛いことは、極力減らす。」
抗癌剤の注射剤を点滴で投与するのに、血管内に針を入れるという痛い行為を必ずやらなければならない。一回刺したとき、そこから採血し、そのまま点滴につなげば、一回で済む。外来で抗癌剤治療をするときに、まず1回目刺して採血し、白血球数が正常であることを確認した後、おもむろに2回目を刺して、抗癌剤を点滴するなどは、愚の骨頂。長丁場になる患者さんには、V-port
という “いつでもどこでもお手軽点滴” が可能となる器具を埋め込んで治療にあたるべき。その上で、採血回数の少ない “顔色で判断する抗癌剤治療”
を展開せよ。
11.「めんどうなレジメンは長続きしないのでやめる。 simple is best 。」
レジメンとは薬のやり方。患者の体重がこれこれで、体表面積がこのくらいだから、1日目にA剤を
○×mg、2日目にB剤を ×○mg・・・などと本には書いてある。計算上、A剤 120mg必要だったとして、A剤 製品規格が1バイアル=100mgだったら、2本目をあけて20mgだけ使い、残りの80mgを捨てなければならない。こんなバカな話はない。こんな時は、A剤
100mg=1バイアルだけを使っとけばいいんです。副作用防止のための小ネタを金科玉条のように言う先生もいて、本番の抗癌剤を使うまでの前戯が長くなるのであるが、こういうのもたいていくだらないことが多い。理論的に正しいことが、現場では鼻つまみになることも多い。全体のバランスをみて、できるだけ
simple にしましょう。
12.「夜間投与は本当に効果がある。」
抗癌剤を夜中に点滴すると、昼間に点滴するよりも副作用が少ないようです。何故かわかっていません。よって、ヨル9時にスタートして、アサ6時に終わろうとするのですが、ここに大きな問題が立ちはだかりました。抗癌剤は、ふつうの薬とちがって、危い毒物なので看護婦さんは触っちゃいけません、全部医者がやりなさいという決まりがあるため、ヨル9時にわざわざ病棟へ出てきて、薬を点滴につめなければならない。毎日これをやるのは苦痛。私の場合は、看護婦さんにやってもらっていましたが・・・これはバレたらまずいんでしょうね。
13.「患者から信頼を得ると placebo 効果がある。」
placebo とは偽薬のこと。イワシの頭も信心から。人間不思議なもので、効くと思い込めば、たとえキャラメルでも効く。患者さんに “この薬は効く”
と思い込ませるには、新興宗教の教祖様的なカリスマ性が必要。ちなみに私には、そんなものは爪の先ほどもなく、テレビで細木数子さんなんか見ていると、すごいなあと感心してしまいます。
14.「抗癌剤の効きにくい患者とは・・・偉い人、理屈っぽい人、学校の先生、役所の人。」
小知恵が働き、気が小さく、先から先のとりこし苦労をする人々は、治療しにくく、その結果治療成績も悪いです。抗癌剤治療に限らず、全ての治療にあてはまります。
15.「糖尿病があると抗癌剤治療が効きにくい。逆に抗癌剤治療を長くやっていると、糖尿病が悪化する。」
糖尿とは、結局目に見えないような細い血管の内側がボロついて、血液の流れが悪くなる病気です。抗癌剤が到達しにくいし、流れてきた癌細胞もひっかかり着床しやすいのではないでしょうか?私は外来で抗癌剤治療する時は、特におしっこの検査をよくやります。糖尿はとことん治療するよう努めており、そのことが抗癌剤治療を影で支えていると信じています。このことは、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、私の個人的な経験からそのように感じています。
16.「抗癌剤治療は基本的に外来で軽目に長くやり、たまに入院させて、検査しながらやや heavy 目にやる。」
患者さんにとって、入院というのはやはりイヤなもの。できれば家で普通に生活し、外来で治療を受けたい。いろいろと工夫することにより、けっこう大変な抗癌剤治療を外来に持ち出せるものです。たとえば
V-port、A-port 。静脈や動脈に細い管を埋め込んで、持続的に抗癌剤を流すなんていうのは、私も外来でよくやっています。とくに肝癌に対する外来の持続肝動注治療は、一週間分の抗癌剤をゴム風船型注入ポンプにつめて、患者を家に帰すのですが、これまでかなり積極的にやってきました。一週の治療=1クールとすると、1年前にカウントしたとき、のべ1000クールを超えていました。外来の抗癌剤治療は患者さんを待たしてはいけません。パッとやって、パッと帰しましょう。また来ようという気にさせましょう。
17.「marker をみるより、リンパ球数を見よ。抗癌剤治療がうまくいっているときは、リンパ球が多く、単球が少ない。」
marker=腫瘍マーカー=癌の勢いを示す数字は、採血すればわかる。癌治療の指標になる大切な数字だが、これに一喜一憂してはいけない。副作用がなく、癌が小さくなっていくような抗癌剤治療が実現できている時というのは、患者さんの眼の色が違う。結構
heavy な抗癌剤を使っているハズなのに、なんだか調子が良い。
こういう時、副作用を心配して白血球数をみるのですが、せっかく採血するなら、たまには白血球の
“分画” をみてみましょう。リンパ球=lymphocyte と単球=monocyte との比 L/M の値が高い時は、うまくいっている時です。癌の患者さんが、パチンコでもいい、山登りでもいい、寄席でもいい、何か好きなことをやっているときには、リンパ球の働きが、活発になっているそうです。“癌細胞を非自己と認識して、これを食べてしまう”
それがリンパ球の働きです。
18.「その薬剤が保険上認可されているか否かということと、その薬剤が効くか否かということは、全く相関がない。」
外国の論文を読んでいると、日本では使われていない抗癌剤がよく登場するし、既存の抗癌剤でも使い方がちがったり、対象となる癌の種類がちがったりで本当に千差万別です。しかも1〜2年単位でどんどん変わっていく。何が正しくて、何がまちがいなのか、神様でもない限り裁定できないような状況です。
我々は日本の医者なので、日本の厚労省が決めたやり方に従っていくしかないのですが、たまにそのワクからはみ出さざるを得ない場合があります。抗癌剤治療の基本を体得した後、役所の作った決まりは決まりとして、自分の頭で物事を考えながら仕事をしていかないと、癌患者の願いに答えていけない・・・そう言いたいのです。
19.「治療する医者の側は、いつも逆転ホームランをねらう心構えで事に当たる。するとたまにシングルヒットが出だし、ついには1年に1回くらい、本当に逆転ホームランが出るようになる。」
20.「抗癌剤治療に興味がない手術好きな外科系の若い先生方、以上の点に注意して、本気でやってみて下さい。患者さんの生存期間が倍になりますよ。」
以上、1〜20は、外科系の若い先生方への私からのメッセージなのですが、一般の方々が読んでも思い当たるフシがあるのではないでしょうか?
特に20に出てくる “抗がん剤治療に興味のない手術好きな外科系の若い先生” というのは、つい10年前までの私自身の姿です。
「抗癌剤なんて効かない。ごくたまに効くけどそんなのは例外。副作用もあるし、あんまり良い治療じゃない。俺は外科医なんだから切ってナンボ。」
心の中で、そう思っていました。
確かに正しい。しかし、切ってナンボの生活を続けた揚句に、私の回りには非常に進行した、治療のむつかしい癌患者が集まり始め、メスだけではとても対処できなくなってしまいました。好むと好まざるとにかかわらず、手術以外の治療法をみがいていくしかなくなったのです。
そうして、この10年ちょっとの間、必死でやってきた結論が、1〜20です。若い先生には是非とも参考にしてほしいし、一般の方々も、万一自分自身あるいは、御家族が抗癌剤治療を受けるようなことになったときには、参考にして欲しいと思います。そうして、担当医と一心同体になり、良い治療が実現できるよう祈っています。
最後にもうひとつ。抗癌剤治療の先にあるもの、それが終末医療です。terminal care といいます。モルヒネを使って痛みを和らげたり、副腎皮質ホルモンを使って、体のだるさを和らげたりして、スムーズに、安楽に、死をむかえられるようにします。しかし、癌の末期というのは、モルヒネや副腎皮質ホルモン剤などでは解決できない、いろいろな訴えがあります。terminal
care の専門病院もできていますが、我々一般の個人病院も、そのノウハウをとり入れて、時代に遅れない末期癌管理ができるよう努力しているところです。
今回は、抗癌剤治療の総論をお話ししました。次回 第17回からは、また各論に戻ります。popular な病気である胆石症の話をしましょう。
H16.10.7 中島 公洋
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