中島先生便り

第23回 門脈圧亢進症(その3

前回前々回と2回にわたって、門亢症の最も大きな原因である肝硬変〜門亢症の最も大きな結果である食道胃静脈瘤を軸として、とくに静脈瘤の治療を述べてきました。

今回23回は、そもそも何故肝臓が硬くなるのか?肝臓は硬くなっていないのに、門亢症だけが出現するような場合があるのか?肝硬変〜門亢症〜食道胃静脈瘤のラインに附属した種々の副産物的問題点には、どういったものがあるのか?その解決法は?といった話題を提供していきたいと思います。

これらの問題の終着駅には「肝癌」が控えているわけですが、この話は別の機会にじっくりと取り組む予定です。

(4)肝臓が硬くなる原因

肝臓が炎症を起こした結果、その焼け跡に線維質という物質が出現し、結果として肝臓が硬くなるわけですが、肝臓が炎症を起こす原因として大きく3つの事が考えられます。

第1はウィルス。ウィルスにはたくさん種類があって、たとえば風邪もウィルスが原因で起こります。風邪のウィルスは喉や鼻の粘膜にはりついて炎症を起こすから、腫れて痛んだり鼻水が出たりするのですが、ウィルスが排除されるとともにこれらの炎症は消退します。これを“風邪が治った”と称しているわけです。

肝炎のウィルスは、喉や鼻の粘膜では炎症を起こしません。肝炎のウィルスは、喉や鼻ではなくて肝臓が“好き”なのです。したがって肝臓に住みつきます。住みついてしまって出ていかないのです。この“出ていかない”ところが風邪のウィルスとちがうところ。特別たいした症状も出ないのに肝炎のウィルスが何十年も肝臓に住みついていると、肝臓が少しずつ硬くなっていきます。

肝炎ウィルスにもいろいろと種類があるのですが、このような典型的なコースをたどるのがC型肝炎ウィルスという名前のウィルスです。Hepatitis C Virus、略してHCVと呼ぶことにしましょう。風邪のウィルスは、外気を吸入することによって体内に入るのですが、HCVはちがいます。ある人の肝臓にHCVが住みついているとして、その人の血液中にはHCVが放出されていますから、この血液に直接触れることで感染します。直接触れると言っても、手でちょっとさわったくらいでは感染しません。その人の血液と、こちらの血液が濃厚に触れ合うことで感染します。

ふた昔前まで、予防接種の針が使い捨てでなくて4〜5人まとめて同じ針でやっていたこと、ひと昔前まで輸血製剤のHCV排除が完全でなかったこと、医療従事者の針刺し事故、入れ墨用の手刀による感染、などいろいろなパターンがあります。私の同僚の外科医が、手術中の針刺し事故で、3人もHCVに感染してしまいました。

私は、HCV感染に起因する肝硬変を発生母地とした肝癌症例の手術を、多数行なってきました。術中に手袋がやぶれているのにも気付かず、手術が済んで、手袋をはずす時にはじめて指先が真黒になっていた、なんてことは日常茶飯事。その指先にさかむけがあったりすると、「ああ、やっちゃったなあ。」と覚悟したことが何度もありますが、幸い感染しませんでした。ラッキーな男です。

第2はアルコールです。酒の飲み過ぎ。
第3は薬剤性の肝障害。へんなやせ薬や、民間療法のたぐいで肝臓を痛めることがあります。薬というのはたいがい人工的に合成されたもので、服用すれば腸から吸収され、門脈血流に乗って肝臓に運ばれます。肝臓で代謝分解されます。肝臓の仕事が増えます。

それに、あるひとつの薬を飲みつづけると、肝臓にはその薬を代謝分解する“酵素”が誘導されるため、薬の分解スピードが早くなり、薬が効きにくくなります。したがって私は、めったに薬をのまないようにしています。薬というものは日頃めったに使わないから、使ったときによく効くのです。

以上のように、ウィルス、酒、薬剤によって肝臓がいたんでいくわけです。肝臓というのは“沈黙の臓器”で、ちょっとやられたくらいではたいした症状は出ませんから、そのままズルズルいって、気付づいたときには硬くなり、元に戻らないところまでいってしまいます。

最近なんとなく根気がなくて疲れやすく、新聞や雑誌の小さな文字を追いかけて読むのがおっくうだ、というようなボヤッとした症状です。熱が出るとか痛むとかいうようなsharpな症状ではありません。しかしこのボヤッとした症状のむこう側に、腹水、黄疸、脳症、出血傾向、という肝不全症状の四天王が待ちかまえています。

(5)門亢症における肝硬変以外の原因

20歳女性、吐血。食道胃静脈瘤からの出血ですが、この人の門脈圧が高い理由は肝硬変ではありませんでした。先天性肝線維症という珍しい病気でした。手術により、静脈瘤出血は制御され退院しました。もう20年近く前の話です。もしも今、存命であれば、肝不全の症状に悩まされていることでしょう。

10歳男児、吐血。食道静脈瘤からの出血ですが、原因は肝硬変ではなく、先天性門脈形成不全。この子は、ある有名な大学病院で3回も手術を受けたのに治らなくて、死を覚悟して自宅へ帰ってきていたのですが、ある夜、大量に吐血して、私がアルバイトで当直していた病院へかつぎこまれました。10歳の子供なのに、全てをあきらめ、達観した眼差しに、私は大きなショックを受けました。前回お話したSB tubeでなんとか止血し、救急車に私も同乗して大きな病院へ搬送しましたが、そこで亡くなりました。

55歳男性、吐血。切除不能進行肝癌が門脈内へのびてきて門脈腫瘍栓をつくり、門脈の流れを完全にせきとめたため、食道静脈瘤が破裂したのです。EIS、EVLでなんとかコントロールしたものの、すぐに再吐血して亡くなりました。

以上のように、門脈圧が上昇する理由は、肝硬変以外にもいろいろとあるわけです。肝硬変に似て非なるもので、わりと頻度が高いものとして、特発性門亢症 idiopathic portal hypertension 略して IPH があります。特発性とは、原因不明の意。IPH は中高年女性に多く、肝機能はそんなに悪くないのに、脾臓が異常にでかくなって血球減少が著しく、食道胃静脈瘤を伴なってきます。IPH の場合は静脈瘤治療に加えて、でかい脾臓を摘出することで血球減少ともおさらばできるという観点から、内科・放射線科治療よりも外科治療の方がメリットが大きいのです。

私を含め一般外科医の共通の認識として、「肝硬変由来の静脈瘤にはできるだけ手を出したくない、手を出せば術中・術後に泥沼が待っている。しかし、IPH由来の静脈瘤であればスッキリいくので、いつでもどうぞ。」という感じがあります。

(6)脾臓の問題

第2回でも触れたように、脾臓=mysterious organで、胃袋の左背方にいて毎日何をやっているんだろう、といった感じなのですが、とにかく、脾臓は門脈を中立ちとして肝臓とつながっているから→肝臓が硬くなると、胃や腸から集まってきた門脈血流が肝臓へ入りにくくなる→門脈の圧が上がる→脾臓からの血液流出路=脾静脈がせきとめられたような感じになります。

同時に、何故かわからないが、脾臓への血液流入路=脾動脈が太く立派になっていきます。つまり、血液がどんどん脾臓へ入ってくるのに脾臓から出ていけない状況が生じ、脾臓はどんどん大きくなっていくのです。何度も言いますが脾臓が大きくなると、血液中の白血球、赤血球、血小板が脾臓にためこまれてしまうため、全身をめぐる白血球、赤血球、血小板が少なくなってしまうのです。

肝硬変〜門亢症〜食道胃静脈瘤というメインストリートに咲くあだ花にいろいろあって、そのうちのひとつが“脾臓の問題”というわけです。この“脾臓の問題”というあだ花は、内科や放射線科的には解決しにくく、もし解決したければ外科が登場してくるわけですが、そのときには静脈瘤の治療という大義名分がまずあって、ついでに、このあだ花も摘んでしまおう、といった感覚です。脾臓を残す Warren shunt という術式もあるのですが、私は嫌いです。せっかく手術をするなら脾臓をとってしまうほうが、メリットが多いと思っています。

(7)肝臓の病気と糖尿

第18回で糖尿のことを話し、その中で少し触れましたが、肝硬変と糖尿は密接に関係しています。そもそも糖尿病というのは、膵臓から分泌されるべきインスリンというホルモンが充分な量に達しないために、血液中のブドウ糖が増え、これが腎臓の堤防を越えて尿の中に出てくる病気です。

インスリンは血液中のブドウ糖を梱包してダンボール箱につめこみ、グリコーゲンと書かれたレッテルを貼って、肝臓という名の倉庫へ積み上げる仕事人です。正確に言うと少し違うのですが、そう思っておいて下さい。ブドウ糖=こなさなければならない仕事、インスリン=仕事人、膵臓=仕事人派遣会社、グリコーゲン=仕事の完成品、肝臓=それをおさめる倉庫、と思っておいて下さい。

普段皆さんが茶飲み話の中で糖尿、糖尿と言っているのは、“仕事がドドッと来すぎて、会社から送りこまれる仕事人が足りない” 状態のこと。“仕事の量はいつも通りなのだが、会社が倒産して、仕事人を派遣できない” 状態もありうるでしょう。

「会社は健全で仕事人もたくさんいる、仕事の量もいつも通りなのに、台風で倉庫が倒壊して仕事がしたくてもできない」状態というのを考えてみて下さい。これが肝硬変だと、理解しましょう。少々乱暴な理屈ですが、そう思うことによって理解が進みます。肝硬変とは、倉庫がぶっ壊れた状態である→ブドウ糖はいつまでも処理されずに、血液中をウロウロしている→血糖値が高くなりやすい→尿糖が出やすい、というしくみです。

さて、ここから逆のことを考えてみましょう。梱包されたグリコーゲンは必要とあらば梱包を解かれて、ブドウ糖となって倉庫から放出されるわけですが、倉庫が小さいと、充分量を放出することができません。ためこむこともできないが、逆に放出することもできないというわけです。バイクのリザーブタンクがないのと同じで “余裕がない” のです。がんばりがきかないのです。根気が続かないのです。以上の状態を皆さんは「疲れやすい」と表現しています。

このように肝硬変と糖尿病状態とは密接に関係しており、私共医者が日常診ている肝硬変患者の中には、糖尿に似た検査 Data を示す人々が多数存在します。倒壊した倉庫を建て直すのはむつかしいことです。何かくすりを飲んで、倉庫が真新しくなれば世話はないのですが、そんなことは夢のまた夢。いろいろ理屈をこねる前にまず酒をやめることが第一。

HCVが原因ならインターフェロンに期待しますが、肝硬変になってしまってからでは効きません。年齢が若く、まだ肝硬変に至っていないC型慢性肝炎の方々は、信頼できる先生のところでインターフェロン治療をやってもらうことを、おすすめします。

(8)腹水の話

いろいろな理由で、お腹に水がたまります。腹水の原因のひとつが肝硬変です。腹水がたまると腹が張って食事が入りにくいし、息がしにくくなります。

医者はまず、のみぐすりでコントロールしようとします。くすりの力で腹水をおしっことして体外に出そうとするのです。そのうちそれも間に合わなくなると、お腹に細いチューブを入れて、腹水を直接、体外へ排出します。一旦楽になるのですが、チューブを抜けば、元の木阿弥ということもよくあります。

最後の手段は、Denver shunt。チューブを皮下に埋め込み、一方の端を腹腔内、一方の端を静脈内に入れます。すると、腹水がこのチューブの中を通って静脈へ流れ込みます。チューブの途中には逆流防止弁がついていて、静脈内の血液が腹腔内へ逆流していくことはないというしくみになっています。つまり腹水がたまって、腹腔内圧が高まると、その分だけ腹水が静脈内へ流れていくのです。

これだけを聞くと皆さんは、“なんだ良い方法があるじゃないか”と思われるでしょうが、実はそうでもないのです。その理由はこうです。

肝不全の4大症状に、黄疸、腹水、脳症、出血傾向があり、肝臓が弱っていくにつれて、各々の症状が同程度ずつ進んでいく場合が多いのですが、中にはそうならない人がいます。つまり、黄疸なく、脳症なく、出血傾向もないのに、何故か腹水だけがたまって困る、という人がいます。こんな人にはDenver shuntはもってこいなのです。

しかしこんな人は少ない。多くの場合は腹水だけではなく、黄疸・脳症・出血傾向をあわせ持っていますから、Denver shuntをやっても生命予後に寄与しないのです。Denver shuntをやることにより、かえって命を縮める場合もあります。私は20例近くこの手技をやりましたが、真の意味で “やって良かったな” と思えたのは1/3くらいでした。

(9)肝性脳症

65歳男性、HCVによるひどい肝硬変。肝硬変という名の畑にΦ20mmとΦ30mmの癌が発生しました。発生した場所がまた、いやらしい。このへんはその人の運なのですが、要するに治療しにくい場所に小さな肝癌が2個発生したのです。

肝臓内科の先生から頼まれて、私が治療にあたりました。非常にうまくいって、あれから5年、幸い癌の再発もなくお元気です。元気だが、時々軽い肝性脳症が出る。頭がボ〜となるのです。この人は車を運転して来院し、私の外来に来ます。私は口を酸っぱくして注意しました。一度や二度ではありません。

私の言い分はこうです。「病院にくるのは良い。しかし車を運転してはいけない。ひどい肝硬変のせいで時々頭がボンヤリするようなあなたは交通事故を起こす危険が大きい。百歩譲って自損事故ならばO.K.だが、他人を巻き込んだらどうするつもりか?」最後はとうとう大ゲンカになってしまいました。

肝硬変、糖尿、心臓病、精神疾患、いろんな薬をのんでいる特に高齢者・・・このような人々が、平気な顔をして車を運転している現代社会は、そこら中で飲酒運転がまかり通っているのと同じことです。こちらとしては、苦労して癌を治療したのに、そのために小学生が交通事故で死ぬようなことがあってはいけません。本症例ではないが、私は実際にそのようなcaseを眼のあたりにしたことがあり、心の底から憤りを覚えました。結局、彼とはケンカ別れしてしまいました。医者失格ですね。

肝硬変になるとどうして脳症が出るのか、という理屈については、アンモニア、Fisher比の関与と、脳内での偽の神経伝達物質発生とが言われておりますが、話がむつかしいので、これ以上立ち入りません。

外来でこういった人々を診ている医者の仕事は、検査をしたりくすりを処方したりということが主ですが、それよりも、車の運転を禁止するなどの日常行動への指導が、実は最も大きなことではないでしょうか。高速道路を逆走して事故を起こす高齢者が増えているそうですが、今後 “病気と交通事故” の関係は、ますます深刻なものとなっていくでしょう。

最後は、かなり脱線してしまいましたが、2122、23の3回で、肝硬変というものがいかに恐ろしいものであるか、おわかりいただけたと思います。そうなる前に是非とも、インターフェロン治療を考えていただきたいと思います。私のWeb診察室も第23回を終了し、ふり返ってみればよく続いたなと思いますが、まだまだ、外傷外科、肝癌、胆管癌、後腹膜腫瘍などが残っています。先は長いのですが、次回はちょっと休憩を入れて、趣味の話でもしてみようかな、と思っています。

H17.5.11 中島 公洋


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酒井病院 Sakai Hospital