第22回は(3)食道胃静脈瘤の外科治療です。
いろいろな手術術式があり、各々について理屈を述べはじめるときりがないし、おもしろくないので実際の症例を挙げながら説明していきましょう。ちなみに私がこれまで術者としてこの種の手術を手がけたのは20例弱で、幸いなことに全例うまくいきました。
ただし第21回でも話したように、静脈瘤は今やほとんどが内科・放射線科で治療されるため、外科の出番が少ないのです。その少ない出番をキッチリこなして患者を救命するのが、この領域における外科の仕事。ゴールキーパーの役割と言ってもよいでしょう。
56歳男性、会社役員で大酒飲み。10年前のゴールデンウィーク初日、大量に吐血してかつぎこまれてきました。運悪く(笑)当直していた私が担当し、直ちにカメラを入れると食道静脈瘤からの大出血。内科の先生に応援をたのんで止血しようとしたが止血困難。血圧が下がっていく。放科の先生にも応援をたのんでBRTO(←第21回参照)しようとしたが、もはや血圧が保てず、悠長にやっていると救命できないと判断し、直ちに手術場へ搬入。
ガンガン輸血しながらお腹をガバッと開けた。アルコール性の肝硬変です。脾臓がでかい。胃上部から食道へ向かって、ツタの葉がからまるように立ち登る静脈瘤。出血中のため血管に張りがなく、これ幸いと脾臓を摘出。胃上部〜下部食道の静脈瘤をむしりとる。血行郭清といいます。門脈系への供血路である左胃動脈を結紮切離。胃袋の前壁に穴をあけEEAという器械をつっこんで、下部食道を離断。離断というと切り離すようで恐いですが、実は下部食道の壁を全周性に圧挫して、同時に吻合=縫い合わせる、と思っていただければよいです。こうすることによって胃上部〜下部食道の壁外血管のみならず壁内血管をも処理することになり、食道静脈瘤への送血路が断たれるわけです。
以上の術式を直達手術あるいは食道離断術と呼び、良い方法です。さて手術はうまくいって静脈瘤出血も止まり、一応ヤレヤレといったところですが、実はここからが大変。肝硬変、大量出血、緊急手術というトリプルパンチで患者の心肺機能はガタガタであり、肝硬変特有のいやらしい病態もいろいろとあるため、患者を麻酔から醒ますことなく眠らせたまま病室へ連れて帰って、人工呼吸器を装着。点滴もいろんな種類のものがあるのでまるでシャンデリア状態。せっかくのゴールデンウィークで外は五月晴れなのに私はず〜っと病棟にはりついて、術後管理です。
3日くらいから少しずつ眠り薬を切っていく、人工呼吸器の設定を下げていく・・・赤ん坊の乳ばなれ=weaning です。5日目に気管内チューブを抜去し、人工呼吸器を off にして、自分で息をしてもらいます。患者の顔色も良い。蓄尿器にもオシッコがスタスタ出ておりいい感じ。ウン、これで大丈夫と、ゴールデンウィークの最終日にやっと家へ帰ったのですが、ここからもうひと山あるのを皆さんお気づきですか?そう、女房殿です(笑)。この患者さんは今もお元気です。1年に1回しか会いませんが、お酒はやめているようです。
63歳男性、全く同様の経過で手術しうまくいって退院しました。ところが1年半後に自殺してしまったのです。肝癌も発生してなかったし、静脈瘤も再発なく、肝機能もまずまずだったのに、なんで?せっかく苦労して治療した貴重な症例なのに、こんな事になってガッカリです。なにか経済的な理由があったのでしょうか。人の心の闇はわからないものです。
47歳男性、ビデオ屋さん。内科の先生が、がんばって、下部食道のみならず胃上部の静脈瘤にも手を出し、しこたま硬化剤を打ち込んだ揚句に、やっぱりコントロール不能ということになり、外科へ回ってきました。
この人の手術は危なかった。通常、こういう患者の脾臓はふつうの人の5〜10倍に大きくなっており、ちょうどパイナップルくらいの大きさです。静脈瘤外科治療のよいところは、静脈瘤消失のための一手段として必ず脾臓をとってしまうことであり、このことによって第21回で述べた白血球・赤血球・血小板の減少という問題が解決されるのです。
内視鏡治療や放射線科治療とは異なり、外科治療には副産物があるというわけです。そういうわけで、手術では、パイナップルくらいに大きくなった脾臓を胃袋の左奥の方から上手に摘出する必要があり、これはこれで結構な技術を必要とするのですが・・・
この患者の場合は、内科の先生がやった治療の影響で、胃袋の左背方とでかい脾臓の脾門部〜脾上極がベットリとくっついていて、この部分を出血させずに切り分けていくのに相当な神経を使わされました。ただでさえ危ない地雷の平原の上に雪がうっすらつもって、ますます行軍が危険になったような感じ。青大将のように怒張した静脈瘤血管の出血が、いつどこから襲ってくるかわからない。幸い手術は無輸血で終了し、経過も良好で退院していきましたが・・・
この外科の苦労、いつもの食道離断とは違うんだけどなあ、というこの感じは、患者家族にも、看護婦さんにも、内科の先生にも、厚生省の役人さんたちにも決して理解されることはないでしょう。このあたりで理屈を少し。食道胃静脈瘤の吐血患者は、吐血の時期により3つのタイプに分けられます。
第1は緊急症例で、いままさに吐血中の状態でかつぎこまれた患者さんのことです。内科、放射線科の治療でなんとか止血してほしいけれどうまくいかない場合には、そのまま手術ということもあります。この場合は、吐血で血圧も下がっているし、肝機能の評価もできていないので、手術成績はやや悪いです。
第2は待期症例。吐血したが一旦止血し、内科的にも放射線科的にも充分検討され、肝癌の有無や肝機能評価も充分された上で外科へ回ってくる患者さんのこと。こちらとしても充分計画を立てて臨むことができるので、手術の成績は良いです。
第3は予防症例。カメラで見た時に、いかにも破裂しそうな静脈瘤が存在しているがまだ一度も破裂したことがなく、したがって吐血の経験がない人たちのことです。こういう人はケロッとしていて、病識がありません。欧米では治療の対象外だそうです。日本では、内科的あるいは放射線科的に治療されることが多いです。
予防症例に対して手術が行なわれていた時代もありましたが、今から考えればナンセンスです。その理由は2つあって、ひとつ目は、内科的・放射線科的に充分対応可能であること。ふたつ目は、手術でガバッとお腹をあけるのは、将来肝癌の切除が必要になったときとか、移植の話が出たときとか、そういうときのためにそっとしておきたいという理由です。前にも言いましたが、「静脈瘤治療において外科はゴールキーパーを努めればよいのであって、前の方へしゃしゃり出ていくとかえって害になる」ということです。
もともと肝臓がわるいから静脈瘤ができて破裂し吐血する→手術で止血するが、手術そのもののために肝機能はさらに低下する→数年後に肝癌が発生したときに、肝機能不良のために積極的な治療ができず、手も足も出ない・・・こういう症例をたくさん診てきました。したがって静脈瘤は極力内科的・放射線科的にコントロールすべきであって、やむなく手術になったとしても、手早く、出血量を少なく終了させるよう努めなければなりません。
かんたんな手術ではないですが、4時間、出血量500ml以内なら合格でしょう。それを、2000mlも3000mlも出血させるようでは、いったい何のための手術かわからない。将来的な肝癌の発生を見越して、その時に医者が充分腕をふるえるような背景肝機能を残しておく、ということが最も大切なポイントです。現実の症例ではこのことが実現できない場合もありますが、このポイントを念頭において治療にあたることが大切です。
さて、食道胃静脈瘤の術前術後管理について触れておきます。このことが今後の話の展開に役立つからです。第15回にも述べたように、術前術後管理における東の横綱は、食道癌に対する食道切除再建です。頚胸腹3領域にまたがる大手術とそれに続く呼吸循環管理は、まさに“術後管理のるつぼ”であって、これをこなせれば外科医として一人前。
そうして西の横綱が肝臓です。肝臓という臓器が内科的に悪くなった結果として、食道や胃に静脈瘤が生じ、破れて吐血するので手術しなければならない、そういう肝臓に癌が発生したので切り取る手術をしなければならない、そういう肝臓をもっている人が胃癌になったので胃を切り取る手術をしなければならない・・・などなど。とにかく肝臓が悪い患者にメスを加えるような手術の術前術後管理が、西の横綱なのです。
東西の横綱ともに、術当日、1日目、2日目、3日目・・・と気にかけるべきポイントが異なります。どちらかといえば食道の方がオールラウンドな知識と体力を必要とし、肝臓の方が異端で特殊な知識と体力を必要とします。この“異端で特殊な”の中味こそが、次回で話す腹水の問題、脾臓の問題、糖尿の問題、脳症の問題であって、他の手術では類をみない特殊でいやらしい病態です。
さて、今回は食道胃静脈瘤の外科治療について話しているわけですが、ここで応用問題をひとつ。肝臓が悪くて食道や胃に静脈瘤のある患者に胃癌が発生し、手術をしなければならないとしたら・・・どのような術式が考えられるでしょうか?答はいろいろあるでしょうが、究極の術式として胃全摘+脾摘があげられます。癌の進行度から見れば、そこまでしなくても胃の下2/3を切れば充分O.K.というような胃癌に対して、胃全摘+脾摘を行なったことが、私は少なくとも数例あります。
胃を全部とって脾をあわせてとることは、食道胃静脈瘤とのくされ縁を完全に断ち切る上で、これ以上ない良い方法です。しかし、手術が大きくなるので肝臓の悪い患者にはちょっと・・・と二の足を踏んでしまうのも事実。今現在の肝機能、癌の進行度と癌の場所、静脈瘤の危険度、脾腫による血球減少がどのくらいか、などの点を総合的に判断して、術式を決めます。
“総合的に判断して” などというフレーズは、役人が作文をするときによく使うフレーズであって、実のところ中味はたいしたものではないです。要するに、食道胃静脈瘤とのくされ縁を切りたくて、血球減少ともおさらばしたい、なおかつ肝機能が許すのであれば、胃全摘+脾摘を選択する方法もありますよ、というだけの話です。
こういう症例を診る場合には、その人の生命予後決定因子が、癌なのか肝障害なのかわからなくなる場合も多々あります。その人の寿命に最も影響する事柄が、癌ではない、肝障害なのだということが現実にあるのです。そういう状況下において、医者が癌の治療をいっしょうけんめいにやることが、かえってナンセンスな場合があるのです。病名が全く同一の患者が2人居たとして、2人の治療方針が正反対という場合があるのです。
いずれにしても大切なことは、“全体あっての局所” ということで、局所的に正しいことが全体から見ればまちがいであったり、逆に、いかにも誤った局所的治療のように見えて、実は、全体からみればそれでよいのだということがあるのです。いまにもエンジンが爆発しそうなオンボロ車を修理工場にもってきて、ピカピカのワイパーをとりつけても何の意味もないわけで、雨の日にはこの車を使わないようにしよう、と決めればそれで充分なのです。
ところが現実の人間社会では、ヤイノヤイノとワイパーを取り替えにやってくる人々がたくさんいて、いろいろなトラブルが発生します。こういうトラブルに関して、医療ジャーナリストが雑誌に記事を書いたり、裁判での司法判断が新聞に載ったりしていますが、私共現場の人間からみると、ジャーナリストも裁判官も“ホント、わかってないなあ”と思うことがあります。
なんだか話がかなり脱線してしまいました。この項で私が言いたかったことは「胃癌+食道胃静脈瘤という応用問題に対しては、胃全摘+脾摘+ついでに胆摘(第2回参照)という超積極的な治療で臨む場合もあるし、癌には no
touch で静脈瘤には軽くEVL(第21回参照)という超消極的な治療で臨む場合もあるのだ、それを決定するのは患者の肝機能レベルであり、character であり、年令であり、経済状態であり、家庭環境なのだ。」ということです。そうしてその判断を任されている医者の心の奥底の本当のところは、いかに説明したとしても患者家族、看護婦さん、医療ジャーナリスト、役人の人たちには決して理解されることはありません。もし理解されたとしたらその医者は
“浅いところ” で仕事をしているのでしょう。
今回は食道胃静脈瘤の外科治療、とくに直達手術について述べ、脾臓の問題にも少し触れました。この他にもいろいろな手術術式があり、学問的には非常におもしろい分野です。若い頃、私が師事していた偉い先生に、出版社から外科の教科書の分担執筆依頼があり、その仕事の草稿を任されたことがあります。門脈圧亢進症の病態と治療という題で、原稿用紙70枚の大作でしたが、この仕事は非常に勉強になりました。うすい壁一枚に隔てられたとなりの部屋からジャラジャラと聴こえてくる麻雀牌の音をBGMとして、1ヶ月間毎晩遅くまで原稿用紙と格闘した日々が懐かしく思い出されます。
次回第23回は、肝臓をとり巻くさまざまな内科的問題すなわち腹水、脾腫、糖尿、脳症などについて解説する予定です。
H17.3.22 中島 公洋 |