前回までで肝臓シリーズも終わり、そろそろ書くことがなくなってきました。はじめは、病院の宣伝になれば、ということでスタートしましたが、2年が経ち、30回を超える一大シリーズとなってしまいました。今回は第33回ですが“後腹膜腫瘍”について書こうと思っています。
その前に、前回の宿題、皆さん考えて頂けましたか?
問題再掲:円周上にたくさんの青い点と赤い点がランダムに並んでいる。これらの点によって円はたくさんの弧に分割されるが、このような弧のうち、両サイドの色が異なっているような弧は必ず偶数個存在することを証明せよ。
この問題を完答した人は、相当な算数好きですね。実は私も完答したんですが、数学的帰納法というものすごくダサイ方法でやったため、解答を見たときはビックリ仰天してしまいました。頭を柔かくすれば小学校低学年レベルの知識で完答できるのです。これが東大の入試問題と聞いて2度ビックリです。
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弧で考えずに点の色で考える。赤のひと続きを赤グループと呼び、青のひと続きを青グループと呼ぶことにする。ある赤グループからスタートして、ぐるりと一周すると必ず青グループでおわるから、グループの数は必ず偶数。ということは、グループとグループとの境目も必ず偶数。この、グループ間の境目こそが“両サイドの色が異なる弧”である。
よって“両サイドの色が異なる弧”は、赤点や青点の数とかばらまき方とかには無関係に、必ず偶数個存在する。なんという頭の柔らかさでしょう。答を見てしまえばアアナルホドとわかりますが、これをいちから考えつくのは、凡人には難しいと思います。数学的帰納法で、完答したつもりになっていたアナタ、たしかに正しいですが、私と同じで頭が硬いです。高校生に出題するより、小学生に出題した方が正解者が多いんではないでしょうか。
大人で、これに正解する人が何人いるでしょうか。何の仕事でも同じと思いますが、我々の仕事でも、決まりきったコースに乗っているときは楽です。しかし、術前・術中・術後に何か問題が生じ、その原因をつきとめたり解決策を講じようとするときには、必ず工夫が必要となります。
教科書に総論は書いてあるが個々の症例に則した“やり方”を自分の頭で考えなければならない時が必ず来るものです。そういう時に、主治医の頭の柔かさが問題になります。若いくせに、通り一遍のやり方しか考えつかない医者もたくさんいるし、逆に「アッタマイイナ〜!」と感心するような医者もたくさんいます。私がもし病気になったら、この赤点青点問題をスマートに答えることのできるような先生に担当してもらいたいです。これを正解できる先生なら何をやらせても大丈夫、・・・・・みたいな気がするのですが・・・・きっとこの予想は当たっていると思います。
前置きが長くなってしまいましたが、まじめな話に戻りましょう。
さて、後腹膜腫瘍という言葉は皆さん聞き慣れないと思います。お腹の中=腹腔には、胃やら腸やら肝臓やら、いろんな臓器がありますが、その腹腔には、腹膜という内張りがあります。前側=ヘソ側の腹膜よりも前方には腹筋がありますが、背中側の腹膜よりも背方には・・・・・背骨がありますね。しかし、その背骨よりちょっと前の方を後腹膜と呼びます。一言でいうと、腹腔の背方ですね。
稀ながら、この後腹膜に大きなできものができることがあります。できもの=腫瘍で、これには良性と悪性があります。悪性の腫瘍には癌と肉腫があり、むつかしい言葉で言うと、上皮系細胞由来の悪性腫瘍=癌、間葉系細胞由来の悪性腫瘍=肉腫、ということになります。後腹膜腫瘍といえば、良性腫瘍あるいは肉腫です。後腹膜には上皮系細胞がないので、癌ができることはないのです。もし癌が発生したとしたら、かなり稀なことです。
後腹膜腫瘍自体は稀ですが大型の場合が多く、妊婦さんのお腹のようになるので誰でも自覚します。CTを撮れば“後腹膜腫瘍”というとても大雑把な診断名が付きますが、問題なのはそれが良性のできものか、悪性のできものか、ということです。この術前診断はかなり難しく、「おそらく・・・・だろう」というところまでは言えますが、それ以上は言えません。きれいに切除して顕微鏡で見ないとわかりません。
後腹膜には、腹部大動脈〜左右の下肢へ向かう動脈、下大静脈〜左右の下肢へ向かう静脈、腎、および腎動静脈、および尿管、副腎、膵などがあって、かなりあぶない場所ですが、このうち、とくに注意を要するのが下大静脈とその枝たちです。静脈は壁がうすいので、万が一、裂け目が入るととんでもない大出血を招きます。私が経験したのはわずか3例にすぎませんが、ここに紹介します。
65歳女性、お腹にしこりがあり、近くの先生にCTをとってもらって後腹膜腫瘍と診断されました。発生した場所が良かったので危なげなくきれいに切除できました。神経鞘腫という名のΦ15cm良性腫瘍でした。10年くらい経ちますがお元気です。
19歳男性、男なのにまるで妊婦のような腹でした。Φ30cmくらいのデスモイドという名の良性腫瘍でしたが、腸腰筋という筋肉の腱から発生した恐ろしく硬いできもので、骨盤の深いところにありました。手術は困難を極め、輸血を要したがなんとかうまくいきました。切除した跡は、腹腔の下半分が全く腹膜のない状態になってしまったため、腸が癒着して、何回か腸閉塞をおこしかけましたが、大事に至らずにもう7年位経ったでしょう。暴飲暴食をせずに上手に人生を歩いていってもらいたいものです。
20歳女性、妊娠していないのにまるで臨月のような腹でした。Φ40cm近くある柔かめの腫瘍で、比較的かんたんに切除できましたが、血管脂肪肉腫という名の悪性腫瘍でした。術後に、つらい抗癌剤治療をみっちりやって彼女を泣かせましたが、元気に退院しました。2〜3年は外来でみていたのですがその後来なくなりました。調子が良いのだろうと思います。
この3例の他に、大腸癌の両側卵巣転移がでかくなって摘出したら3kgを超えていた症例や、膵の背景にあるΦ5cmの腫瘍を摘出してみたらCastlemann病という良性のリンパ節のできものだった症例もありました。これらは後腹膜腫瘍というには語弊がありますが、切除を担当した外科医からみれば同じようなものです。
以上33回にわたっていろいろと書いて来ましたが、外科疾患のことについて私が言えることはほぼ書き終えました。この他にもし書くとすれば、気胸手術、甲状腺、火傷、C型肝炎インターフェロン治療などがありますが、これらについては私などよりはるかに詳しい先生方がたくさんいらっしゃるので、触れないでおこうと思います。
さて、外科疾患のことについては書き終えたのですが、病院という狭い窓から見える社会の風潮については、いろいろと言いたいこともあります。でもそれを言うと文句ばかりになってnegativeな感じになってしまうので、稿を終えるにあたり「警察官や救急隊の方々の御苦労」について触れたいと思います。以下、全国で当直をしている先生方から見れば別に珍しくもない話ですが、読者の皆さんから見れば“へぇ〜〜そうなんだ”というような話をします。
65歳男性、生活保護でパチンコと酒の毎日。吐血をくり返して搬入されました。
アルコール性肝硬変による門脈圧亢進症で、食道静脈瘤の破裂(→第21回参照)です。手術で一命をとりとめて退院したは良いが、その後事あるごとに救急車を呼ぶのです。ちょっと風邪をひいた、下痢気味だ、頭が重い・・・・タクシー替わりに救急車を呼びます。その年の救急車要請回数の個人別第1位です。しかもダントツ。その人のことは救急隊の中では有名になっていて、病院へ搬入し終えた後の彼らの顔は、苦虫をかみつぶしたようです。彼らは公務員ですから、市民の要請を断わるわけにはいきません。私は主治医として、当然患者に厳しく注意しますが、そんな若造医者の注意など、聞くような人ではありません。私はただただ救急隊の皆さんに頭を下げるだけ、それしかできません。
最近、時々みる光景ですが、救急車からスタスタ歩いて降りてくる患者がいます。私が研修医の頃はそんな光景は皆無でした。その頃の話ですが、外科のこわい先生がちょっとしたことで救急車を利用した患者を、診察室でしかりつけているのを見たことがあります。「本当に救急車が必要な人がいたらどうするのか」と。患者さんにすれば突然の症状出現に驚いて救急車を呼んだのでしょうが、その“呼ぶか呼ばないか”の判断の敷居が以前より低くなっているようです。
大変なのは救急隊の方々です。出動回数が増え、忙しくなって、“TELしたのに来るのが遅い”だのなんだのと苦情を言われ、ますますストレスがたまります。こまごまとした出動依頼にふり回されて、本当に急を要する出動に力を注げなくなっているような気がします。
近い将来、救急車を要請した人は、お金を払わなければならなくなるでしょう。いまこうしている時間にも、救急隊の方々はアチコチでたいへんな仕事をしておられます。昼も夜もありません。私のような医者にはどうすることもできませんが、ただ一言“御苦労様です!”と、声をかけるようにしています。
次は、警察官の方々の御苦労について書きたいと思います。
夜、当直をしていますと、夜中の12時を回って病院にやってくる人々の半数以上は、精神科的なものか、あるいは犯罪・事故がらみです。酒に酔ってケンカしたなどの傷害がらみもよくあります。こういう人々のめんどうをみてくれるのが警察官です。
我々当直医は、薬を処方したり、点滴したり、創を縫合したりすれば済みますが、その後事情を尋ねて一件一件解決しなければならないのですから大変です。相手は、精神科がらみ、犯罪・事故・傷害がらみの人々ですから、まともな話が通じない場合が多く、時間がかかります。死因に不審な点のある遺体の検死なんかもよくあります。酒に酔って夜中に病院へ来てわめきちらす人々がいて、受診の意味が理解できないため、警察官を呼んで連れて帰ってもらったこともあります。
夜の救急室には、昼間では決して見られないような人々が出入りするものであり、いろいろなトラブルも多く、警察官はなくてはならない存在です。彼らのおかげで我々は安心して診療することができるのであって、頭が下がります。
私はこれまで少なくとも1000回以上当直していますが、「夜中〜明け方に来る人は変な人が多い。変な人は夜動く。」という厳然たる事実、これは動かしがたいです。何故そうなるのかわからないのですが、それが事実である以上、警察官の仕事も夜中〜明け方になることが多いのです。
以上、病院当直室の狭い窓から見た社会の一風景にすぎませんが、そこから見える“警察官・救急隊の方々の御苦労”に心から感謝しながら、33回にわたった本シリーズを終わりたいと思います。
長い間愛読していただいてありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう・・・・病院以外のところで。
H18.3.30 中島 公洋
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