中島先生便り

第31回  「肝癌の経動脈治療」

第31回は肝癌の経動脈治療です。平たく言うと、肝動脈から抗癌剤を注入する治療で、主として放射線科の先生が担当します。
通常は右太もものつけ根の大腿動脈から細い管=catheter=カテーテルを入れて腹部大動脈から肝動脈へ到達し、薬を流しますが、これをTAE transarterial embolization 経動脈塞栓とか、TAI transarterial infusion 経動脈注入治療とか呼んでいます。

最近ではそのカテーテルを留置したまま、port と呼ばれる母指頭大の “容器” に接続し、これを皮下に埋めこんで port から抗癌剤をジワジワ流し込む方法もさかんに行われており、持続肝動注と呼ばれますが、私はこれをCAI continuous arterial infusion と呼んでいます。

CAIはとても良い方法で、副作用が少なく、外来でも継続可能で、効くときには驚くほど効きます。1人の患者に1回分として注入する抗癌剤の量を自分なりに決めており、これを1クールと呼んでいますが、かなり以前にカウントしたとき、のべ1000クールを越えていたので、今現在は2000クールに近いのではないかと思います。非常にアバウトに計算すると、患者1人に20クールやったとして、患者100人に対して、合計のべ2000クールやったことになります。2000クールもやると本当にいろんなことがありましたが、ここではまず unbelievable な成果を得た、55歳男性、自営業、HCCの話から始めます。

彼はH10.1月 、私の外来を初診しました。肝右葉後区域にΦ25mm+Φ30mmのHCCがダルマ型に並んで存在しています。肝機能は悪くないし、若いので、当然切除の対象です。
私「切りましょう。」患者「イヤだ。肝臓を切ると早死すると聞いた。それより焼いてくれ。」私「あなたの癌は焼くには大きすぎる。焼いても再発するから切らせて下さい。」患者「切ったら絶対再発しないのか?」私「焼いて再発する確率>切って再発する確率、です。だから切りましょう。」患者「新聞をみて焼いてもらおうと思って先生の外来に来たんです、やっぱり焼いて下さい。」

その頃、焼く治療が珍しいということで、私のことがチョコッと新聞に出たのを見てやってきたらしい・・・・。その後の押し問答の末、“焼く” ことに決まりました。ただ癌が大きいので、経皮RFA(←29回参照)ではなく、しっかり開腹してMCT(←29回参照)で焼くことと、後々のことを考えて胆のうを摘出する、ということで話がまとまりました。

その当時、これほど大きな癌を焼くことは冒険以外の何物でもなかったので、絶対再発させてはいけないという強い気持ちがあり、焼きすぎるくらいに焼きました。肝臓の1/8が炭になるくらい焼きました。焼きすぎて膿がたまり洗浄を要したが、元気になって退院しました。ところが退院して3ヶ月も経っていない外来で、癌の勢いを示す腫瘍マーカーが急上昇し、echo、CT検査で、全肝にバラバラと癌が散っているのを発見したのです。

私はめまいがしそうになりました。このことをどういうふうに患者に話そうか・・・・。いろいろ考えてもありのままを素直に伝えるしかありません。下手をすると、あと3ヶ月ももたない。ところが患者は割と冷静に私の話に耳を傾け、笑顔でこう言ったのです。「わしと先生は戦友じゃ。命は先生に預けたので、がんばって治療しましょう。」なんと私の方が励まされてしまいました。

直ちにCAIをスタートしました。すでに胆摘してあるので、抗癌剤注入による胆のう炎を心配する必要もなく、思う存分CAIをやりました。その後もいろいろありましたが、あれから7年以上経過した現在、彼はピンピンしています。癌の影も全くありません。unbelievable な経過です。

以下、反省点を整理してみると・・・・
第1に、切除すべきであった。しかし、切除して絶対再発しなかったかと問われると、Yesとは言えない。
第2に、あんなにしっかり焼いたのに、どうして急激な再発様式をとったのか。もしかしたら焼く前、肝右葉を脱転した際に癌を “もみ出し” たのか。もしそうなら、切除しても同じ結果だったであろう。
第3に、焼きすぎて膿がたまり熱が出たときに洗浄したのだが、このときの水圧で、生き残っていた癌細胞を吹きとばして散らしてしまったのか。しかしこの考えは非科学的すぎるし、証拠も何もない。だいいちあんなに焼いたのに癌が生き残っているハズもない。
第4に、CAIがどうしてこんなに奏効したのか。全肝に散らばって着床したばかりの癌は、ミルク飲み盛りの赤ん坊の如く動脈から栄養をひきこんでいたために、CAIがよく効く時期だったのかもしれない。

CAIはふつう1年2年は効いても、その後は効かなくなることが多いのに、本症例はそれを乗り越えて、完全に癌を克服してしまった・・・・。わからないことだらけです。私「もしかして、アガリクスか何か飲んでました?」患者「いいえ。先生の治療だけです。ただ、癌が消えて良くなったあとに、その方面の会社の人が、どこで聞いたのか家にやってきて “無料で1ヶ月間○○○○○○を提供するから、○○○○○○の奏効症例として単行本に紹介させてくれ” と言ってきましたよ。」とのことでした。

世に出回っている “末期癌が治った!!” 系の単行本の実態とはこういうものなのでしょう。こういうのはまだましな方であり、ありもしない架空の症例をでっち上げて記事を書いている本も多いそうです。最近このことで逮捕された人がいましたよね。第5回にも述べたように私は “末期癌が治った!!” 系の業界に巣食っている人々を全否定するわけではありません。人体は摩訶不思議なものであり、どうしようもないような癌が、わけのわからぬ力で治ってしまうようなことも稀にはあるのでしょう。

彼らがやるべき仕事は unbelievable な症例をまず集め、1例1例に対して詳細に吟味し、それらの共通点をさぐる、ということではないでしょうか。商売に走るのではなく、positive な結果をひとつでも出してくることを、患者も我々医者も待っているのです。医者も科学者の端くれであり、こんなUFOみたいな非現実的なことを期待するのはお恥ずかしいですが、preterminal〜terminal の癌患者を毎日診ていると、そういう気になるのです。

話が脱線しかかっているので元に戻し、今回はCAIについて 1どんな時に効くのか? 2副作用が少ないのは何故か? 3どんなトラブルがあるのか? 4治療成績はどうか? というお話をしたいと思います。

1どんなときに効くのか?
第27回でお話したように、経動脈治療は切ることも焼くこともできないような進行症例に対して行なわれます。
その “進行” の意味としては、2つあります。ドカンと大きな癌の塊があって手も足も出ない場合と、小さな癌がバラバラと全肝にちらばっているような場合です。後者のような場合に、CAIが威力を発揮することが多いようです。

もうひとつ重要なことがあります。各々の癌の小塊が、動脈をひきこんで今まさに発育中であること。まだ発育が始まっていない段階や、すでに発育しきった段階では、ダメ。効きません。このことは言葉にしにくいのですが、CAIを多数やっていると、そう思うことがよくあります。

以上のような、“経験からくる私の結論” すなわち “小さな癌がバラバラとあって各々が今まさに発育途上にある場合にCAIは効く、という私なりの結論” は、何も証拠がないので、もしもこれを学会で主張したら袋だたきに合うでしょう。いつの日か若い優秀な先生がこれを証明してくれることを夢見て、私は私の経験則にしたがって、やっていくだけです。

2副作用が少ないのは何故か?
あるひとつの抗癌剤の一定量を一定期間かけて患者に点滴投与した場合と、CAIにより持続肝動注した場合と、において血液中の抗癌剤濃度がどのように推移していくのか? という研究をしたことがあります。結果は、前者>>後者でした。

CAIでは、肝臓だけに抗癌剤が注入されるため、全身に漏れ出してくる抗癌剤が少ない、したがって吐き気、下痢、倦怠感のような副作用が少ない、と考えられます。よってCAIは外来で継続できます。入院しなくてもよいのです。

このように「抗癌剤の副作用」という点ではCAIは良い治療なのですが・・・・。たとえば抗癌剤を点滴していたとして、その点滴が漏れて静脈の外に抗癌剤がもれたらどうなるでしょうか? 皮膚が赤く腫れ上がります。抗癌剤=毒ですからこういう事が起こります。もしもCAI中に同様のことが起こったらどうなるでしょう。皮膚が赤く腫れ上がるどころの騒ぎでは済みません。たいへんなことが起き、時として生命にかかわるトラブルが発生します。

3どんなトラブルがあるのか?

非常に稀ですが、肝動脈に留置したカテーテルの先端が動脈の外、たとえば十二指腸に逸脱して大吐血を起こすということがあるそうです。学会や雑誌で見聞きしたことがありますが、私自身はこの経験はありません。

次に、肝動脈へ注入されるべき抗癌剤が、ごくわずかではありますが、胃・十二指腸・胆のうなどへ流れていくことがあり、この場合は胃十二指腸潰瘍、胆のう炎などが生じ、患者が腹痛を訴えます。私も胃潰瘍を1例、胆のう炎を1例経験しました。このようなトラブルを避けるためには、できることなら胆摘を済ませ、肝動脈から出て胃や十二指腸へ向かう枝を処理してしまうことが大事です。第2回にも述べましたが “胆のうは単なる病気生産工場であって、虫垂と同様、存在意義なし” と私は認識しており、開腹手術をする際にはできるだけ摘出するよう心がけています。しかし、CAIをするためだけに胆摘するというのはいきすぎなので、その場合は、胆のう炎のriskに目をつぶってCAIを継続することになります。

胃や十二指腸へ向かう動脈枝の処理は、血管造影室でのカテーテル埋込み操作のときに可能となってきたので、最近はほとんど問題がなくなりました。

もうひとつ大きな問題があります。CAIを1年も2年もやっていると肝動脈が細くなって、CAIが継続不能となるのです。この場合、癌の治療ルートが断たれるわけで癌が次第に大きくなってきます。体の中にカテーテルという異物が留置されていると、長い時間経過とともに、こういう経過をたどることは仕方のないことですが・・・・。以前、私自身のCAI症例における肝動脈開存率を算出したことがあり、1年で69%、2年で43%でした。しかし最近は、より良いカテーテルが開発され、この開存率もupしつつあります。

以上、CAIにまつわるトラブルとして、第1に稀だが命にかかわるカテーテル逸脱、第2に another flow による胆のう炎や潰瘍、第3に長期CAIによる肝動脈狭小化〜CAI継続不能について述べました。現時点では第1、第2の問題はほぼないと考えてよいですが、第3の問題がまだ解決されていません。これについては現在、放射線科Dr.+医療器具メーカーの人々が日夜努力して、新製品の試行と改良をしています。いつの日か“半永久的なCAIカテーテル”が開発されることを、全国の肝癌患者が待ち望んでいます。

この3つの問題点以外にも、minor なトラブルが多種多様にあります。とくにCAIを外来でやるようになってからは、本当にいろんなことがあり、私自身、勉強になりました。患者さんは生きた教材です。

わりと最近の研究会でこういうことがありました。ある大病院の先生がCAIについて発表し、使用する抗癌剤の量やら順序やらを理論的に述べておりました。御説ごもっともな机上の美しい理論が展開された後、いざ治療成績となると惨憺たるものでした。CAIの対象となるのは進行肝癌なので、治療成績がわるいのは仕方ないのですが、胃潰瘍ができてCAI継続不能になったり、肝動脈が細くなってCAI継続不能になったり・・・・そういう症例があまりにも多いのです。工夫が足りないのです。

私は「石ころだらけでぬかるみの道路に御立派なリムジンを走らせても意味がない。まず道路を舗装したらどうですか?」みたいなことを発言したところ、発表者がシュンとなってしまいました。ちょっと可哀想でしたが、若い発表者にはこういう経験も必要です。私自身これまで、何度、赤恥をかいてきたことか・・・・数えればきりがありませんが、こういうことが次の勉強への原動力となります。


4CAIの治療成績

これは一言で言えません。何故かというと・・・「純粋にCAIのみで治療される患者は少なく、もしいたとしても肝機能ガタガタ、癌も進行という症例に限られている」からです。癌を切除したあとに再発したとか、焼いたあとに再発したなどの場合に、CAIをはじめとする経動脈治療が行なわれることもよくあります。さらには切ったり焼いたりした直後に、再発予防を目的としてCAIが行なわれることもあります。アバウトに表現するなら “CAIは切除や焼灼の補完的な役目を担う次善の治療” なのです。CAI only では独立しにくいのです。

したがって、純粋なCAIだけの治療成績を出してくれ、と言われてもウ〜ンと唸ってしまうのです。たしかにCAIは補完的な治療ですが、切除や焼灼とちがって全肝を cover できるという利点があるし、治療が痛くなくて楽ちんだという利点もあって、なかなか使い手があり、時に意外なほどの威力を発揮することがあります。野球のバッティングオーダーで言うと、切除は4番バッター。焼灼は1〜2番、ときに3番、5番くらい。CAIは8番、9番あたりですが意外性を秘めており、楽しみなバッターです。

結局「ひとりひとりの患者の癌の大きさや位置、背景肝機能の良し悪しなどを全般的に吟味して敵を知り、切除・焼灼・CAIのような経動脈治療という手持ちのオーダーを順序よく組み合わせて、最小の負担で最大の効果を生むように努める」というのが私共の仕事であろうと思われます。

最近はこれに “移植” という選択肢が加わりつつあるのですが、第20回でチョコッと触れたように、私は「いい年をした肝癌・肝硬変患者が若い者から肝右葉をもらって命ながらえる」ような移植には反対です。逆に、年かさの者が子供や若い者の命を救うために、肝臓を半分あげるという移植治療には大賛成です。なんだか話が脇道へそれてきたので、元に戻しましょう。

本稿では、CAIの治療成績を一言で言うのはむつかしい、という話をしているわけですが、このことに関連して是非とも指摘しておきたいことがあります。ちょっと前、週刊誌で全国の大病院における胃癌の切除成績が公表されたことがありましたが、あれは全く無意味なことでした。

A病院の先生は、クールで教科書通りに手術適応を決定し、勝ち目のある勝負しかしない、・・・・B病院の先生は、浪花節に弱く、ダメかもしれないがなんとか切除して抗癌剤に望みを託す・・・・いろんな先生がいるのです。各々が正しいのです。こういうA病院、B病院の成績を比べれば、A病院の方が良いに決まっている。

胃癌のstage別に切除成績を比べれば良いのですが、素人である読者にそんな小難しい理屈は通ずるわけもなく、ただ「A病院は良い、B病院は悪い」という impression がまかり通ってしまいました。医療ジャーナリストの方々には、B病院の先生の御苦労を地道にクローズアップしていただきたいものだ、と思いました。今回でだいたい肝癌治療の話が終わりましたが、主として原発性肝細胞癌HCCの話であったので、次回は胆管細胞癌CCCの話をします。

H17.12.17 中島 公洋


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