中島先生便り

第29回  「肝癌の焼灼」

第29回は、肝癌の焼灼すなわち “肝癌に電気針を刺して癌を焼き殺す治療” について述べます。これは本来、内科医がやる治療です。私は外科医ながらこの治療に着目し、H8夏頃から試行を始め、これまで150例近くの症例に焼灼治療をやってきました。

治療対象となった肝癌は、腫瘍径が平均24mmと小さく、5年生存率は当然ながら73%くらいと良好でした。なんだ切除よりも成績が良いじゃないか、と皆さん思われるかもしれませんが、切除の場合は平均腫瘍径56mmで5年生存率38%なので、まあこんなものなのでしょう。

小さな癌を切除すれば成績が良いのは当然ですが、切除せずに電気針で焼いても切除と比べて遜色がない成績が得られるのでしょうか? この質問にアバウトに答えるとすると、それは「Yes」です。切除に比べて焼灼は創が小さくなることが多いので、患者さんにとっては万々歳です。どうも世の中はそっちの方向へ流れているようです。

焼灼治療も慣れてくると、「もっと大きい癌を焼いてみたい」「難しい場所にある癌をきれいに焼いてみたい」「小さな創で終了したい」「患者背景の条件が悪い場合にもうまくやりたい」などの要求が自分の心の中に自然と湧いてくるものです。

そこで話の順番として、1焼灼治療の対象疾患 2焼灼治療の種類 3焼灼治療の弱点 4大きな癌の焼灼 5難しい場所の焼灼 6小創手術 7背景肝の問題、をとり上げお話していきましょう。話が長くなるので、今回は123、次回4567を考えていくことにします。

1焼灼治療の対象疾患
肝臓に発生する癌を大きく3つに分けましょう。
第1は原発性肝細胞癌HCCで、C型やB型のウィルス肝炎肝硬変を background として発生します。
第2は肝内胆管癌CCCで、background がはっきりしないが、少なくともHCCに比べれば背景肝の状態は良好。ただし“癌そのもののたち”は、HCCに比べて悪いです。
第3は転移性肝癌 Meta で、胃や大腸や膵臓や前立腺や、乳腺や肺などに原発癌があり、この癌が血流に乗って肝臓へ流れついて塊をつくったものです。

当然、原発癌のたちの良し悪しによって治療成績も異なるのですが、このうち大腸癌肝転移は最も治療のしがいがある Meta で、我々が遭遇する頻度も高いです。Meta の場合、背景肝はウィルスに侵されていないので良好な状態にあるため、HCCやCCCに比べればいろんな治療にtryできます。

以上の如く、HCC、CCC、Meta は、良いところもあるし悪いところもある “肝臓に発生する癌たち” なのですが、総合的にみて最も長期生存が期待できるのが、HCCでしょうか。その次がMetaで、最も短命なのがCCCでしょう。

HCCの長期生存にはいろいろ理由がありますが、焼灼治療の寄与が大きいです。焼くためには電気針を刺す必要があるのですが、CCCやMetaは “硬い” のできれいに刺すのがむつかしいのです。そこへいくとHCCは “柔かい” ので、プツッときれいに刺すことができます。また、背景肝の状態が悪いHCCの肝臓を切除するなどという手荒なやり方――これまで私自身がさんざんやってきたやり方――に比べれば、はるかに “体にやさしい治療” になります。

この「体に優しい」というフレーズは近頃はやりの殺し文句で、私のような外科医から見れば「なにをこしゃくな・・・」という感があるのですが、実際に治療をやってみて、HCCに対する焼灼治療の効用を認めざるを得ません。認めたからこそ、これまで150例近くもやってきたのです。

当初は、MetaやCCCにもやってみたのですが、前述の理由で治療がうまくいかず、私は焼灼治療の対象疾患をHCC一本に絞ることにしました。この認識は全国の医者にほぼ共通と思いますが、違った意見をお持ちの先生もいて、いろいろな工夫を施しながらCCCや Meta の焼灼をやっている人もいて、それはそれで立派なことだと思います。

2焼灼治療の種類
大きく分けて、MCT microwave coagulation therapy=マイクロ波凝固療法と、RFA radiofrequency ablation=ラジオ波焼灼療法の2つがあります。イメージ的に言うと、MCTは火炎放射器で焼き尽くす感じであり、RFAはオーブンレンジでこんがり時間をかけて焼き上げる感じです。

各々に一長一短あり、場合場合によって使い分けますが、頻度的にはRFAが多いです。MCTやRFAをさらにきめ細かく分類して、その場その場に最も適したやり方で治療が行なわれています。刺し方、焼き方、焼け具合 check 方法は年々その巧妙度を増しており、ちょっと油断しているとすぐに置いていかれます。

3焼灼治療の弱点

もしも今、目の前にHCC患者が来て、「先生、なんとか、電気針で治療してもらえませんか?」と頼まれたとしたら・・・・・・私は以下の条件を満たす人であれば、ホイホイ焼くでしょう。

(i)肝機能がまあまあの人・・・・・肝機能があんまり悪いと、電気針を刺してうまく焼けたとしても、針を抜いた跡の抜き穴から出血して止まらなくなる心配があります。肝機能がわるい人は血小板が少なくて血が止まりにくいのです。このことは、第23回に触れました。

(ii)癌の直径が20mm強の人・・・・・癌があんまり小さいと、見えにくいのでねらいが定まりません。径20mmくらいあるとよく見えます。

(iii)癌が肝臓のまん中へんにある人・・・・・癌が肝臓の端っこや表面付近にあると、超音波の死角に入って見えにくくなるためねらいが定まらないし、焼いたときに肝以外の臓器がヤケドして、たいへんなことになりかねない。

(i)(ii)(iii)が全て揃えば既に“勝ち”が見えたようなものですが、世の中そんなに甘くない。3条件揃い踏みの患者などほとんどいません。そこでいろいろと工夫が必要となってくるわけですが、

(i)肝機能が悪くて血小板が少ない人に対しては、細い針を使う、何度も刺さず一発で決める、ということでしょう。

(ii)癌が小さすぎてよく見えない人に対しては、超音波の器械のグレードを上げる、術者が動体視力の訓練をする、ということでしょうか。電車にゆられながら、窓の外を流れていく電柱に書かれた文字を読みとる、なんていうことをやっていた時期もありました。逆に癌が30mmを超えると、焼いても再発するので焼きたくありません。だから切ってとりたいです。ところが諸事情のため切って取ることができず、大きな癌を焼くことがあるのです。これにもいろいろ工夫がいるのですが、次回に詳しくお話します。

(iii)癌が肝臓のまん中あたりにあると、超音波でよく見えるので治療しやすいのですが、肝の表にしても裏にしても右にしても左にしても、とにかく表面や端っこのほうにある癌は焼くのがむつかしいです。見えにくいし、近くに胃やら腸やら、胆のうやら肺やら、時には心臓やらがあって焼くのが恐いです。こういう症例は、お腹をあけさえすればとても楽ちんです。あぶないものを手でよけて、肝の端や表面にある癌を直視して針を刺せばよいのですから、誰にでもできます。いろいろな工夫により、開腹せずにこれを達成しようとするところに進歩が生まれるわけで、これについても次回に詳しく述べます。

今回はHCC焼灼治療の総論を述べましたが、実際の症例の話がなかったので皆さん退屈したのではないでしょうか。症例のよもやま話は次回第30回にたくさん用意しており、たいがいうまくいった happy end 話なのですが・・・・・たった一例、失敗例があり、それをこれからお話します。

72歳男性、糖尿があり心臓も悪くてくすりを飲んでいます。肝機能も悪く、小さな癌があっちにできたりこっちにできたりしながら内科の先生が治療してきたが、今回は鬼門(←第28回参照)〜表面にまたがる径40mmの癌をなんとかしてくれと注文を受けました。あまり受けたくない注文ですが、「困ったときの中島先生」なんておだてられて引き受けてしまいました。

いろいろと検討しましたが、血管からくすりを流す治療はダメだということがわかりました。肝動脈以外のところから癌への栄養血管が来ているからです。肝機能が悪すぎるし、危ない場所なので切除は考えられません。焼くしかない。癌が大きいし、超音波で見えにくいので、開腹して焼こう。

鬼門付近は、術中超音波でRFA針を刺し、時間をかけてこんがり焼こう。表面近くは危なくないからMCT針を刺し、短時間でガガーと焼こう。肝機能はかなり悪いが、これくらいは耐えられるだろう・・・・・。

手術は想定通りに終了し、私は患者家族にうまくいったと説明しました。数日後、CTで焼け具合を check しましたが大満足の結果であり、「O.K、O.K.」とひとりほくそえんでいました。ところがこの患者さんは、1週間をすぎたあたりから肺炎に陥り、治療の甲斐もなく術後4週間で亡くなってしまいました。

いかなる理由があろうとも術後30日以内に患者が亡くなることを “術死” といいますが、この患者さんも術死です。高齢、糖尿、心臓病、肝硬変、創痛による痰喀出力低下など、いろいろとゴタクを並べれば並べることができますが、要するに、治療を担当した私の “判断” がまちがっていたのです。何度も言いますが外科で大事なのは “結果だけ” です。過程は関係ありません。

肺炎の治療をやっている最中、家族の方々にはなじられっ放しでしたが、最後の最後、棺に入れて見送る時に息子さんが一言「お世話になりました。」と言ってくれたので、私は聞きまちがいかと思って、彼の顔を一瞬見直してしまいました。結果は悪かったが、そこへ到る過程で、がんばっていたことを評価してくれたのでしょうか・・・・。

この患者さんよりも条件の悪い症例を私は何度も治療しています。もし、もう一度この患者さんと同一条件の症例を目の前にしたら、私は再び同じことをやるでしょう。やるしかないのです。やるやらないの判断は、私共医者+それを受ける患者の話し合いで決まるのですが、いろいろ言っても結局は医者の判断で決まります。

その医者の判断が正しいかどうかは、術前段階では “神のみぞ知る” です。結果が出た後、その結果が悪かったからといって現場にいなかった机上の人々=裁判所やメディアの人々がいろいろとわかったようなことを言うのは、おかしなことだと思います。

私はこれまで幸いにも訴訟に巻きこまれたことがありませんが、大学病院の医局の仕事をしていたときに、裁判所に何度も通って、実際に医療訴訟を見たことがあります。ただ傍観者然と “社会見学” をしていたわけではありません。詳細に言うと差し障りがあるので言いませんが、その症例のカルテを繰り、参考文献をあつめ、読み、素人の裁判官にもわかるように準備書面をつくり、弁護士と何度も接渉して戦略を練り、毎回傍聴する、というまさに真剣勝負です。

そういう日々を過ごした経験からわかったことは、「裁判所というところは、ことの真実を見極めて問題を解決するところ・・・などでは決してない。ただ問題を “処理” しているだけだ。その処理を過ったとしても、現実に彼らが責任をとることはない。けっこうな御身分だなあ。」ということです。このことがわかっただけでも、いい勉強になりました。

今回は、あらぬ方向へ筆が走っていってしまいました。次回は冷静な気持ちに戻って、焼灼治療のつづきを書きたいと思います。

H17.10.22 中島 公洋


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