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| 第28回は「肝切除における出血制御の工夫」です。はじめに私自身の成績を示します。切除200例のうち術式別にみると、葉切除以上=大きな切除が80例、葉切除未満=小さな切除が120例ですが、大きな切除における平均出血量 700ml≒牛乳びん3本半、小さな切除における平均出血量 300ml≒牛乳びん1本半、でした。 輸血を必要とした症例は、大きな切除では30%=24人/80人、小さな切除では10%=12人/120人で、全体としてみると、200症例中36例に輸血を要したことになります。この数字=36/200=輸血率18%、を皆さんは、高いと感じますか、それとも低いと感じますか? 正解は「高い」です。今現在の肝切除手技の発達はすさまじいものがあり、超一流の施設ではこの数字は今や5%を切っているでしょう。今はもう肝移植の時代であり、移植を手がけている外科医から見れば、肝切除も乳癌手術も“変わらない”のかもしれません。 さて出血制御の工夫ですが、たしかにいろいろな方法があり、私自身この手技を見につけるために、これまで23年間の外科医人生のうち半分以上を費やしたといっても過言ではありません。論文を読み、学会に出て、新しい方法を仕入れてきては実践し、試行錯誤をくり返しながら、その結果を再び学会にもっていき、批判され、帰ってきてまた工夫し直す・・・・・そういうことをやってきました。その結果いきついた結論は、非常に意外なものでした。 その結論とは「執刀医と麻酔医とのツーカーな関係が最も大切である」という、一見月並みなことでした。何故そういう結論になったのか順を追って説明してみたいと思います。説明の順番は |
| 胃でもよい、腎臓でもよい、一般の臓器に入る血流=inflow=動脈であり、臓器から出ていく血流=outflow=静脈です。ところが肝臓のinflow=動脈+門脈となっている点が、肝臓の特殊なところです。 このうち動脈は腹部大動脈から右方向へ枝分かれして肝臓へ至っており、はじめは鉛筆の太さほどですが、だんだん細くなり左右に分かれ、肝臓へ入りこむあたりでは鉛筆の芯ほどの太さになります。 また門脈は、胃腸や膵脾の血流を集めて親指くらいの太さになって一本化し、肝臓へ入りこむあたりで、右後・右前・左の3本に分かれます。これらの動門脈を通って肝臓へ血流が入ります。ところがやっかいなことに、肝臓でつくられた消化液=胆汁を流すくだ=胆管が、動門脈に並行して走っています。 結局、門脈という太い幹に動脈や胆管というツタがからまるような格好で、全体がグリソン鞘というサヤに包まれて“肝門部”と呼ばれるいやらしい部分から肝臓の中へ入っていきます。この肝門部の手術操作は非常にデリケートなものであり、わずかなミスが命取りになります。症例症例により動門脈や胆管の枝分かれ形態が異なっている上に、この付近に癌があるとさらに修飾されるため、細心の注意が必要な場所です。とくに太った人ではこの部分が術者の眼からみて “深く” なるのでやりにくいです。 さて、肝への inflow を stop させようと思えば、肝門部において動脈・門脈・胆管を含んだサヤ全体にテープをかけてキューと締め上げてやりさえすれば良いのです。Pringle法といって、簡単なので誰にでもできます。 |
| 肝臓をそのまま切っていくと大出血しますが、Pringle法を施して切っていくと・・・・・・・・・やっぱり出血します。ただしかなり下火になることは確かです。 ここで気になることは以下の2点。 第1に、Pringle法を施したのにいったいどこから出血するのだろうか? 第2に、Pringle法を施すことにより肝切離中の出血が減るのは良いことだが、悪いこともあるんじゃないのか? 第1の疑問に対する答は2つあります。 その1・・・・“Pringle法=肝門部における inflow control” であるから、肝門部以外の場所に inflow が存在する場合は、Pringle を行なっても出血は減らない。このような場合は、肝胃間膜という場所にその原因があることが多いです。 その2・・・・Pringle法で inflow を完全に control したとしても、肝静脈=outflow側が開いたままなので、肝静脈を逆流してきた血液が肝切離面から出血するのであろう。玄関から入れなかったドロボウが勝手口から入ってきたようなものですね。それなら勝手口も閉めてしまえば良いではないかと皆さん思うでしょう。しかし話はそう単純ではないのです。この点については後述します。 さて、第2の疑問に対する答も2つあります。 その1・・・・Pringle法をやると肝臓が虚血に陥ってしまう。脳に行く血流が数分間 stop しただけで脳はダメになってしまうのですが、肝臓は何分間の血流遮断に耐えることができるのでしょうか。まだ分かっていません。 その2・・・・Pringle法をやると、腸の血液の帰る場所がなくなってしまい、腸がパンパンに腫れてしまう。腸の “うっ血” ですね。腸のうっ血はどの程度までなら許されるのでしょうか。まだわかっていません。 ここまででわかったことは、「肝切離中の出血を制御する方法としてPringle法は簡便だが、不完全な方法であって、いろいろと問題点も多い」ということです。肝虚血+腸うっ血という問題点の限界ラインがはっきりしていないので “Pringle法=15分間締め上げてその間に肝切離を進め、5分間開放して肝切離を休む、これを反復する” という方法が一般的に行なわれておりますが、私は個人的にはこの方法が大嫌いです。 Pringle法の悪いところを抑え、良いところを残す方法として片葉阻血というやり方があるのですが、少々技術を要します。要しますが、これさえできれば、こと inflow のcontrol に関しては、ほとんどの症例に適応可能であり良い方法です。 門脈という幹に、ツタがからまるように動脈・胆管が這い登っており、これら全体が鞘で包まれつつ、肝門部から肝臓実質の中に埋まりこみ、右後、右前、左の3方向に分かれているわけですが、これらを上手に掘り出して各々にテープをかけ、別々に締め上げたり開放したりしながら、肝臓を切っていく。これが基本で、ここからいろいろなバリエーションが派生し、その時その時に応じて臨機応変に操作を省略したり追加したりします。テープを上手にかけるのはかなりむつかしく、一歩まちがえれば大出血です。 |
| 動門脈を通って肝臓へ入った血流は、右・中・左の3本の肝静脈へ流れこみ、これらは肝の裏側のまん中の上縁あたりで、下大静脈という大河に流入します。ここは非常に深くて視野の取りにくい地点であり「肝臓外科の鬼門」と呼ばれる危ないところです。 鬼門へ至るルートには3つあります。 第1のルートは前方ルートで、円索〜地蔵さんのヨダレカケ〜カニのアブク〜右の折り返しと左の折り返し〜押し売りの表玄関〜まん中のわれ目。 第2のルートは右方ルートで、肝腎間膜〜右の三角間膜〜伏兵〜右下肝静脈〜短肝静脈〜裸領域〜仏さんの左手〜右副腎〜再び短肝静脈〜右のフレニコケイバル靭帯〜右肝静脈のロクロ首〜そーっとくぐる低い鳥居。 第3のルートは左方ルートで、肝胃間膜〜つぶれたセミの右の羽〜羽をめくったまん中の眼〜アランチウスの電線〜左のフレニコケイバル膜〜中+左肝静脈共通管の猪首。 皆さん何のことやらチンプンカンプンのことと思いますが「恐い地点へ至る3つのルートには、いろんな名前の峠が連なっており、これらのうちどれかひとつでも踏みはずせば谷底へ転落してしまう」と理解していただければ結構です。 ところが最近、ベルギッティという偉い先生が、この恐ろしい地点へアプローチする方法として、正々堂々の中央突破ルートともいうべき第4のルートを開発しました。関ヶ原の戦いにおける薩摩軍の行動にも似て、勇気ある男らしいルートです。私は恐くてこのルートを通ったことがないのですが、最近の若い優秀な先生方は、どんどん通っているようです。 こういうとき、「ああ、もう自分自身のバリバリ時代は終わったな・・・・」とガックリくると同時に「ああ、もう二度と、あんな恐い目には会わなくて済むんだな・・・・」とホッとします。バリバリ時代からひとたび抜けると潮が引くように恐い仕事が来なくなるもので、ちょっと淋しい反面、心に余裕ができて、楽しい人生が送れているようにも思います。 |
| 3つのルート+ベルギッティ先生のルートをたどって鬼門を手中に収めると、いつでも出ていく血流を control できるようになるわけですが、注意しなければいけないことがひとつあります。それは「肝臓へ入る血流の control が不充分なのに、出ていく血流だけをきちんと control してしまうと、肝臓を切っていくときに出血が増える」という、小学生でもわかる理屈です。このことさえ注意しておれば、inflow、outflow をいろんなバリエーションで control しながら、時間差 control もおりまぜつつ、ほぼすべての症例に対応できるようになります。これ以上の話は、だんだん移植手技の話に近づいていきむつかしくなるので割愛します。 さて、肝実質を切離していく “道具” には今現在ほんとうにいろいろな種類のものがあり、目移りがして困るほどです。しかし大切なことは唯ひとつ、「上述のような inflow、outflow の原理原則を術者が認識していさえすれば、“道具”は何でもよい、極端な話“手割り”でも構わない」ということ。 学校の授業の予習復習もしないような連中が家庭教師をやとったり塾に通ったりしても、お金と時間の無駄であって、結局はたいした成果を得ることができないのと全く同様に、inflow、outflow の基本的理解なくして、どんなに高価な道具を使っても、その手術はうまくいきません。ちなみに家庭教師や塾の話は我が家の話ですが、たいしたことにはなりませんでした(笑)。 |
| 術者が スポンジ=肝臓です。チャンポン麺は動門脈+胆管が鞘につつまれたしっかりとした構造物で、inflow系です。そうめんはうすい膜一枚から成る弱々しい肝静脈、すなわちoutflow系です。 こういうスポンジを割っていくと、割れ目の中にチャンポン麺が出現したとき、チャンポン麺は白くてしっかりしているからどこをどう走っているかわかりやすいし、切れにくいからしっかりつまんで結紮処理することができます。ところが、そうめんの方は色がスポンジによく似ていて走向を同定しにくく、ちょっと力の入れ具合がわるいとすぐに破れたり切れたりして、きれいに結紮処理することができないのです。 このように、肝切除の際の出血の80%はそうめん系=肝静脈系=outflow系からの出血なのです。術者に年季が入って道具の使い方が上手になると、弱々しいそうめんを破綻させることなくそうっと処理できるようになるので出血が少ないのですが、問題はそれだけでは解決しません。 ここでちょっと頭を使ってみましょう。割れ目に出現してくる細いそうめん=細い肝静脈たちは、結局は この他にもいろいろな理由がありますが、鬼門のところではじめっから outflow control をして肝臓を切っていくのは、案外、血が出るのです。私としては、(i)“いつでも outflow control できますよ”という保険をかけておいて(ii)outflow は解放したまま、(iii)Pringle法ではない部分的な inflow control 下に(iv)道具を使ってていねいに肝臓を割っていく・・・・この(i)(ii)(iii)(iv)が理想的な肝切除ではないかと思っています。 実際の手術では、血管の走向や、癌の占拠部位などいろいろな制約のために(i)(ii)(iii)(iv)が実現できない場合も多々ありますが、できるだけそれに近付けるようにすることが、出血量を減らす上で大事です。 それでは、血液がoutflow系を逆流してこないようにするにはどうしたらよいのでしょうか?ここでいよいよ麻酔医の登場です。結論から言います。麻酔医が患者への点滴をしぼり、呼吸の量を減らす→下大静脈の内圧が下がる→鬼門から肝静脈へ逆流してくる血液が減る→割れ目からのoutflow系出血が減る・・・・というしかけです。 肝臓の手術というのは一般に危ない手術ですから、麻酔医は患者に対して充分な輸液をして血圧を保ち、不意の出血に備えようとするし、充分な肺換気を行なって血中酸素濃度を高く保とうとします。それが“ふつう”です。しかしその “ふつう” がアダとなるのです。患者への点滴を減らし、換気量を減らすという行為は一見、患者にとって悪いことのように見えて、実は、大所高所から見たときに良いことなのです。こういうことは、麻酔医と術者との間に強い信頼関係があってこそ実現できるのであり、出血量を減らすことの半分くらいは、実は麻酔科Dr.のウデであると言っても過言ではありません。 |
以上、長々と述べて参りましたが、要するに、肝切除の術中出血量を減らすためには、まず第1に術者の経験とウデが大切で、技術的につきつめた後には、第2に麻酔科の経験とウデがモノを言う、という話でした。 H17.10.6 中島 公洋 |
| 酒井病院 Sakai Hospital |