今回第27回からはいよいよ肝臓シリーズに入りますが、総論的なことをダラダラと述べてもおもしろくないし、そんなことは新聞やテレビによく出ており、ウソも多い。そこで本稿では、迷わず本丸から攻めます。
今回は「原発性肝細胞癌の切除」について話します。私は医者になって現在23年目ですが、“消化器外科の手術手技”という観点からみると、まさにこの20年間は、肝胆膵外科手術手技が革命的進歩を遂げた20年間でした。
胃や腸の手術も進歩しましたが、肝臓外科の進歩はその比ではありません。危なくて誰も手を出さなかった肝臓という暗黒大陸に少しずつ光があてられ、本当にいろいろなことがわかってきました。
そういう時代にたまたま身を置き、術者として200例を超える肝切除を経験させて頂いたことは、私の外科医人生の根幹をなすものであり、今現在、その自信だけで立っているといっても過言ではありません。
通常の外科医が歩むコースに比べて、かなり危ないコースを選んだため、危ない手術をやり終えたあとの爽快さは格別で、95%の症例においてこの爽快さを味わいました。しかし残りの5%は、手術適応の誤り=手術すべきではなかったのに手術を強行してしまった、手術手技の誤り=technicalな意味での失敗、術前術後管理の誤り=肝臓以外の問題に足元をすくわれた・・・・などいろいろの理由で、患者の命を短くしてしまった、という自責の念があります。
うまくいった症例をことさら大きくとり上げて自慢話をしようと思えばいくらでもできますが、ここは失敗例から話を始めます。 49歳男性、B型肝炎をbaseとした大きな肝癌です。若いし、肝機能もまずまずだし、迷わず肝右葉切除を行ないました。手術時間6時間、出血量<500mlで輸血なし。術後経過も良好。この患者さんは術後3週間目に突然、大量に吐血して亡くなりました。
カメラをする間もない突然死であったため、家族にたのみこんで病理解剖しました。デュラフォイ潰瘍というめずらしいタイプの胃潰瘍ができており、ここからの大出血でした。手術そのものは100%うまくいっていたのですが・・・・・。しかし結果が悪ければ全ての努力はゼロであり、何を言っても始まりません。
75歳男性、C型肝炎をbaseとした大きな肝癌です。背景肝機能はあまりよろしくない、糖尿がある、心臓が悪くていろいろくすりをのんでいる・・・・・。
この症例に対して私は、右斜め胴切り〜右開胸開腹〜拡大肝右葉切除を強行しました。癌が大きすぎて、開胸しないと危なくて、背側血管の処理ができないのです。手術はうまくいきました。手術時間8時間、出血量<1000mlで輸血なし。
この方は、術後に門脈血栓を生じて亡くなりました。全く予想外の珍しい合併症で、当初、何が起こっているのかわからず、家族に何と説明してよいやら困り果てました。結果が悪ければ何を言ってもしかたがない。全ての努力はゼロ。
これらの症例は、たしかに大きな手術でしたが、一応教科書的な標準術式であり、これ以上の拡大手術を何例も手がけている自分としては「きっとうまくいく」と思い込んでおりました。その足元をすくわれました。
このような経験は、外科医なら誰でも思い当たるところがあり、生身の人間の体というのは全く何が起こるかわかりません。こういうことがあると、外科医をやめたくなります。私が手術をしなければ彼らはあと半年ちかくは生きていたでしょう。
大半の症例はうまくいき、すぐに忘れてしまうのですが、こういううまくいかなかった症例のことは克明に記憶しています。
うまくいった症例の中で覚えているのは、「ギリギリセーフ」の症例です。自分としては、とてもうまくいくとは思っていなかった、だから手術したくなかった、教科書的に見ても手術適応外だ、でも患者家族にたのみこまれて手術せざるを得なくなった、やるからには全力でやるが多分アウトだろうと思っていた、ところがどっこいうまくいった・・・・・。
こういう症例のことも克明に覚えています。教科書通りに手術の適応をクールに決めていきさえすれば、何も苦労はないし、トラブルに巻き込まれることはないのに、どうしても生身の人間の“浪花節”に負けて、火中の栗を拾いに行ってみたくなる・・・・私の悪いクセです。火中の栗を拾いに行こうとすると、同僚や先輩は「中島くん、やめといた方がいいよ。」と意見してきます。
ありがたいことで、それらの忠告は当たっていることが多い。でも後輩は、栗を拾いに行きたくてウズウズしている。若い彼等といっしょに泥船に乗って船出する。たしかに船は沈没することもある。でも案外うまくいくことも多く、それらの失敗や成功の経験が次の症例に役立ちます。
海水浴場の波打ち際でお砂遊びばかりしていては、イザ遊泳禁止区域のブイ付近にサメが出現した際に戦うことができません。しかし、それらの“挑戦的な手術”は、私が大学病院や国立病院に勤務していたからこそ可能であったわけで、今現在、それは許されることではありません。今は、守備範囲を狭くして、目の前にころがってきたボテボテの内野ゴロを安全確実に処理するのが、自分の役割と思っています。
それでは「ギリギリセーフ」の具体例を挙げてみます。
54歳女性、県内有数の大病院の婦長さん。C型肝炎から肝硬変となり、Φ55mmの肝癌が発見されました。
肝癌というのは症状がないので彼女は普通に勤務していたそうです。ちょっと疲れやすいので内科の先生に診てもらい、肝癌がみつかりました。その大病院の内科の先生が、なぜか私にTELしてきて「手術をお願いしたい」というのです。とりあえず私の外来に来てもらい診察してみたが、“相当にヤバイ症例”であることがすぐにわかりました。
解剖学的には切れる。切って取りたい。しかしその手術を強行すると、肝不全(←第23回参照)に陥りそうだ。肝不全≒死、ですから、切除範囲を縮小して肝不全を回避できないか? しかし、切除範囲を縮小すれば手術の根治性がそこなわれる=切除してもそのあと再発してしまう。肝機能がわるいから、こういう苦労があるのです。肝機能が良ければ、大船に乗った気持ちで癌の根治性だけを追求できるのですが・・・・・。
この患者さんに対しては、“血を一適も出さない”覚悟で、肝右葉切除を強行しました。この術式は標準的なもので、特別どうこう言うような手術ではないですが、肝機能不良の本症例にこの手術を強行したことが私の手がけた症例の中では特に危なく、印象に残っているのです。
結果はギリギリセーフでした。5年経った今もお元気です。通常の判断であれば、このような症例は手術ではなく、放射線科的治療に回され、1年前後の命だったでしょう。手術から数年後、ある学会に出席していたところ、本症例を紹介してくれた内科の先生に偶然出会い、「あのときはギリギリだったけど、結果オーライで良かった」という話に花が咲きました。
もうひとつ「ギリギリセーフ」の話をします。
56歳女性、教員。ソフトボールよりも大きな肝癌で、肝機能もそれほど良くない方。となり町の内科の先生が紹介してきましたが、癌の位置がわるく、進行しているため、切除そのものが無謀であるし、たとえ切ったとしても肝不全に陥って亡くなるであろうと予想され、私は手術を断わりました。
彼女は泣く泣く帰りましたが、数日後、御主人を伴なって再度受診してきました。要するにダメモトで切ってくれとの注文です。私は腹をくくり、全力投球することにしました。
まず放射線科の先生に頼んで、門脈という血管の右側をつめてもらいました。癌が存在している肝右葉をあらかじめ萎縮させ、残るべき左葉をあらかじめ肥大させておこうとしたのです。手術の安全性を向上させるこの術前処理をportal
vein embolization PVE 門脈枝塞栓、と呼びます。
PVEをやって3週間待ちましたが、この間に癌が大きくなってはいけないので、肝動脈から抗癌剤を右葉へ流しました。動脈・門脈経由で万全の術前処理をほどこして3週間経ち、術直前のCTをやってみると・・・期待に反して、癌はぜんぜん小さくなっていない、それどころか大きくなっている、残るべき左葉は思ったほど肥大していない・・・・・ますます条件が悪くなってしまい、右3区域切除という大手術をやらざるを得なくなってしまいました。
あとは祈るのみ。手術は我ながら完璧で、出血量<1000ml、無輸血でした。術後は大変で、肝不全に陥りかけたが若さでcoverして、驚くほど元気になって退院しました。
あれから3年、何故か癌の再発なく、非常にお元気です。「人間、わからないもの」です。
ここまで読んでこられた方は既にお気付きかと思いますが、要するに肝癌の肝切除は、癌の根治および肝不全の回避、という2つの背反することがらを両立させなければならない手術で、他の臓器の手術とは異なります。
癌の根治性を追求しすぎてたくさん切り取ると、肝不全で死にます、しかも手術後すぐに亡くなります。逆に根治性よりも安全性を重視してせまい範囲だけ切り取ると、肝不全にはならないから、すぐに死ぬことはないが、そのうち再発して癌死します。
胃癌はイザとなれば全摘すれば良いし、乳癌はイザとなれば乳房、胸筋、リンパ節を全部取ってしまえばそれで良い。
しかし肝癌はちがう。この二律排反を両立させるために必要なものは、第1に水も漏らさぬ手術手技、第2にその手術をやったあと、その患者の肝機能がどうなっているか想像する力、この2点です。第2の点は数字で評価できますが、グレーゾーンの患者も多く、結局は術者の想像力に頼ることになります。
私は一応、肝臓の外科を専門としていたので、自分が術者として行なった肝切除症例の数をカウントしていて、182まで数えておりましたが、その後カウントしなくなり、他病院に呼ばれていってやった手術などを含めると、200を超えているものと思われます。肝切除200例の対象疾患は、原発性肝細胞癌120例、他の癌の肝転移50例、胆道系の癌30例といったところでしょうか。
この原発性肝細胞癌切除120例の平均腫瘍径は56mm(全国平均は35mmくらい)、葉切以上の大きな術式を要した症例は40%(同20%くらい)、5年生存率38%(同45%くらい)といった内容で、全国平均に比べて、進行したものに手を出しており、成績が少し悪いという結果でした。前述した私のcharacterがこういう結果を生んだのであろうと思われます。
さて、ここまで勇ましい手術の話ばかりしてきましたが、私は、イチかバチかの勝負を好んでやっているわけではありません。一見無謀に見える手術でも、私なりの勝算があるからこそ勝負に出たわけだし、もし切除不可能でもただでは撤退せず、必ず次善の策を用意して勝負に臨んできたつもりです。
進行癌を治療する際には、ひとつの治療法にこだわってはいけません。肝癌においても、切って取る方法、動脈からくすりを流す方法、電気針を刺してこんがり焼く方法、放射線をあてる方法、etc・・・・を上手に組み合わせてやっていくと、思いがけない好結果を生むことがよくあります。
私は、肝臓内科の大先輩に尋ねたことがあります。私「先生、肝癌治療で最も大切なことは何でしょうか?」先輩「中島くん、それは“最後まであきらめず、粘りに粘って、いろんな方法をしつこく試してみる”ことだよ・・・・。」何百例、何千例という肝癌を診てきた大先輩の言うことは、さすがに重みがあり、含蓄があります。
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この図は「原発性肝細胞癌の治療方針」をおおまかに示したものです。横軸は、癌の進行程度を表わし、右へ行くほど癌が進行しています。縦軸は、癌をとりまく患者背景を表わし、上へ行くほど条件が悪くなります。
このように、いろいろな状態の肝癌を、どういう方法で治療すべきかということが大問題であって、内科・外科・放科が上図のように住み分けているのです。しかし、この図はあくまでも概略であって、症例症例によって事情が微妙に異なるので、決定版というわけにはいきません。この図には書かれていない重要なfactorがいろいろあるのですが、その中でも特に、“癌の位置”が大切です。
肝臓は人体最大の臓器であって、この広く大きな肝臓大陸の中には、治療しやすい場所と、治療しにくい場所があります。癌が肝臓の中のどこに発生するかは、全くその人の運であって、この運によりその人の治療成績は、大きく左右されます。小さな癌なのに、位置がいやらしくて治療がむつかしい人もいれば、大きな癌なのに、位置が良くてあっさり治療が終了する人もいます。
どんな場所がいやらしいかというと・・・・、肝臓に動脈や門脈が入りこんでくる地点、肝臓から静脈が出ていく地点・・・・この2ヶ所です。前者は「肝門部」と呼ばれる場所で、動脈、門脈、胆管が複雑に入り組んでいるので、ここで失敗すると致命的な結果を招きます。後者は「肝静脈合流部」と呼ばれる場所で、別名「肝臓外科の鬼門」とも呼ばれ、ここでの失敗も即、“死”です。
失敗例ばかり挙げて申し訳ないのですが、私は上記2ヶ所において、各々1例ずつやり損なったことがあります。2例とも、誰も手を出さないような進行癌で、それに挑戦して敗れたという症例です。
1例目は、肝右葉切除に伴なう左門脈再建に失敗し、肝不全で失いました。もっと用意周到にやるべきであったと、今でも心が痛みます。
2例目は、拡大左葉切除に伴なう左+中肝静脈〜下大静脈の合流部処置に失敗し、大量出血をおこし、table
death(→第26回参照)を覚悟したが、麻酔科Dr.のおかげで生還し、元気に歩いて退院したという症例です。
ほとんど鍋に入れかけていたのに、最後の最後で、スルリと逃げられたくやしい症例です。 今回は「原発性肝細胞癌の切除」について話すつもりが、なんだかとりとめのない散漫な話になってしまいました。しかし考えてみれば、教科書的なまとまりのある話をしても皆さん退屈でしょうし、これは単なるエッセイなんだから「まあ気軽にいこうよ」的な感じで進めるのもいいかなと・・・・。
肝臓の解剖、生理から説き起こして手術手技の解説をしようかな、なんて思っていましたが、疲れるからやめましょう。今回はまとまりなく済んでしまいましたが、次回第28回は、肝切除術中出血の話、および、出血制御のための工夫について話します。
このテーマこそが、「原発性肝細胞癌の切除」の根底にあると考えるからです。話は変わりますが、当院では毎年お盆の頃に職員総出で、病院駐車場に出て盆踊りをやっています。浴衣+団扇が基本コスチュームで、どこの職場でもやっている“単なるレクリエーション”と言われればそのとおりなのですが、「1年の間に当院で亡くなられた方々への鎮魂」と言う意味も込めてやっています。
当院は76床の中規模私立病院ですが、1年間に40人くらいの方々が亡くなります。ほとんどが癌の患者さんたちです。最近の1ヶ月では、直腸癌、甲状腺癌(未分化癌)、肝癌、と3名の方々を見送りました。終末医療=terminal
careは、いろいろと問題も多く、むつかしい面がありますが、全国的なレベルに遅れないよう、誠実にやっています。今日は8月10日で、そろそろ盆踊りが近くなったので、ちょっと紹介してみたくなり、書き加えました。 H17.8.10 中島 公洋
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