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第2回は、胃全摘です。 |
| 1.胃全摘後の再建方法 |
| 胃を全部とったあと、腸を持ち上げて食道下端につなぐわけです。いろいろなやり方がありますが、ここでは個々のやり方には触れず、全ての再建法の基本となる器械吻合と小腸パウチについて話しましょう。 昔といっても20年前、私がまだ研修医であったころには、食道下端と持ち上げた小腸を“手縫い”で縫い合わせていました。時間がかかり、視野が悪くて疲れ果て、その上縫い合わせが悪くて、腸液がお腹の中に漏れたり、逆に縫い込み過ぎて食物の通過が悪くなったりで、なかなかすんなりとは退院にもっていけない時代でした。しかし、その頃から次第に“吻合器械”が用いられるようになり、だんだんとminor changeをくり返して、使いやすくて早くきれいな仕上がりが実現できるようになり、今日、胃全摘後の再建には、器械吻合が不可欠のものとなりました。おかげで手術時間は短くなるし、術後合併症も減って万々歳です。 さて皆さんは、小腸パウチときいても何のことかピンとこないと思います。パウチとは“袋”のことです。胃がなくなると食べたものがどこにも貯まることがなく、食道から腸へ墜落してしまうのです。この墜落現象をダンピングといいます。急にお腹が痛くなって吐いたり、冷汗が出て気分が悪くなったりします。このようなことを防ぐためには、少しずつゆっくりと食べることが最も大切ですが、一方再建に用いる腸で袋状の小さな食物貯留場みたいなものを作ってあげることも有効のようです。ただ少し時間がかかるので、私自身若い患者さんには、積極的に小腸パウチを作っていますが、お年寄りには、作っていません。 当院で胃全摘した6例中2例にパウチを作りました。6例とも5〜10kgやせましたが、まずまず経過良好です。 |
| 2.胆のうもいっしょにとるべきか否か、脾臓はどうか |
| 胃癌で胃をとるのはわかるが、胆のうもいっしょに取るとはいったいどういうことかといぶかるむきもおありでしょう。平たく言えば次のようなことなのです。 胃を取る→胆のうにいく神経が切れる→胆のうの動きが悪くなる→胆のうにたまった胆汁が流れにくくなる→何年か後に石ができる→胆石の痛みが起こる このような現象が胃を取った人の1/3近くに生ずるのです。こうなると胃の手術を受けて何年か経った後、また胆石の手術を受けなければなりません。このような方々を私自身何人も診てきました。こんなことなら胃を取る時に、ついでに胆のうも取っておいた方がどれだけ楽かわかりません。 肝・胆道・膵の外科が専門の私から見ても胆のうという袋は “単なる病気生産工場であって、なくても全然かまわない” といったシロモノなのです。外科医の間でも意見が分かれるところでしょうが、私は断然 “いっしょに取る派” です。ちなみにこの半年間、当院で行った胃全摘6・胃切除7 合計13例は、全例胆のうをいっしょに取りました。 さて脾臓は、胃の左背側にあるにぎりこぶし大の臓器で、血液を貯蔵したり、バイ菌をこしとるフィルターの役割をしているようなのですが、実体はよくわかっておらず、ミステリアスな臓器なのです。胃の癌が進行して左の奥の方へと向うと脾臓あるいは膵臓、たまには肝臓をいっしょに切除しなければならないことがあります。最近の胃全摘6例中の1例も脾臓をいっしょに取りました。脾臓を取ると術後2〜3週をpeakとして血液中の血小板の数が増え、血が固まりやすくなって血管の中で血栓を作りやすくなるので注意が必要です。点滴を多めにして血を薄めたり、血が固まりにくくなるようなくすりを飲んでもらったりしながら、この3週目の峠を越えていくのです。 |
| 3.術後の平均的な経過はどのようなものか |
| 胃全摘後の平均的な経過はどうなるのか、ということについて述べます。 2日目くらいまでは、起き上がる元気はないと思います。3日目くらいにやっとベッドをギャッジアップして座れるようになるでしょう。 4〜5日目におならが出ます。腸がグルグル動き出すのが、自分でもわかるでしょう。お腹をおさえながら、がんばってトイレまで歩いていきましょう。点滴のくだがついているので、看護師さんを呼んでいっしょに歩きます。この頃になると、日一日と回復に向っていることを実感するでしょう。 6日目には透視室に降りて、造影剤を飲みレントゲン写真を撮ります。食道と腸のつながり具合をみるのです。主治医の先生から“もうお茶を飲んでもいいよ、ただし少しずつね”と言われますから、心の中で“ヤッタ〜!”と叫びましょう。 7日目から流動食が出ます。経過がよいと病院スタッフから忘れ去られがちとなり、朝から出るはずの流動食が、昼からになったり、ひどいときには夜、もっとひどいと次の日から開始されるのですが、ここで怒ってはいけません。このような現象は“経過がよい”ことの裏返しなのです(笑)。あとは食べる練習です。少しずつゆっくり食べて下さい。 10日目ぐらいになるとおかゆの中に含まれる、ごはんつぶの量が増えてきて、力が湧いてきます。14日目、歩きっぷりがよくなります。それまで前かがみで手をお腹にあてながらヨチヨチ歩いていたのに、この頃になると背すじがシャンと伸びて周りの皆から“元気になったねえ”と言われます。 この後はもう退院です。病気のことはしばし忘れて、退院したらやりたいこと行きたいところ、食べたいものなど考えながら過ごします。自分の病気・手術のことだけで手いっぱいだった頭の中が、周囲の患者さんのことにも向うようになり、自分より重症な患者さん達の苦労を見聞きするにつけ、我が身のHappyさをかみしめることでしょう。 |
| 4.痛み止めは、どうしているか |
| 切られると思うだけでイヤなのに、実際に切られてみるとどれだけ痛いか。考えるだけでもゆううつになるでしょう。 私自身お腹を切られたことはありません。だから胃全摘を受けた患者さんの術後創痛の本当のところは知りません。ここだけの話ですが、痔を切ったことはあります。結構痛かったです。2〜3日は動くのもイヤでした。 みぞおちからヘソのところまで、縦に切られたらどれだけ痛いでしょう。これまでたくさんの手術を手がけて、術後の患者さんを診てきた経験から言いますと、切ったその日の晩と次の日の晩は、やはり痛いです。この術後2日間、特に夜の痛みをどうとるかによって、その後の回復のスピードがグンと違ってくるようです。 痛み止めの具体的な方法としては、注射・座薬・硬膜外チューブからの局所麻酔剤などがありますが、各々に問題もあり結局いきついたところは、“2日間の麻薬持続点滴”でした。テニスボール大のゴム風船加圧型容器にある種の麻薬をつめて、手術が終わった時点で点滴ルートにつなぎます。ゴム風船がちぢむ力を利用して、一定量が点滴にのって静脈内へ入っていくしかけになっているのですが、このルートの途中に親指の爪の大きさ程のため池部分があり、ここを患者さんが自分で押すことにより、一時的により多くの麻薬が入る、あとは一定量が流れ続けるという仕組みです。ため池部分は、何度でも押すことができます。傷の大きさ、痛がり屋さんかどうかによって、ゴム風船につめる麻薬の濃度を変えています。この方法はかなり良いです。 実際この方法にしてから、痛み止めを要求するナースコールがグンと減っています。この半年間100例近い全身麻酔下開腹手術のほぼ全例に本方法を用いており、特に問題も発生せず、効果を上げています。とにかく術直後の2日間を乗り切れば、あとは下がっていくだけです。 |
| 5.お金は、いくらぐらいかかるのか |
| お金がどれくらいかかるのか。これは大きな問題です。外来で胃癌の診断がつき、癌の拡がりや全身リスクの評価をしてからいざ入院、入院後3日目に胃全摘手術を受け、3週後に退院したとしましょう。 入院期間は24日ですね。手術料は約60万円です。 もう少し正確に言いましょう。胃癌に対して胃全摘を行った場合の厚生労働省が定める手術の保険請求額は、59万1000円です。この人は、やせていてやりやすかったから40万円にしとこうとか、太っててやりにくかったから80万円にしようなどということはあり得ず、一律全国津々浦々60万円と決まっているのです。 これに麻酔・点滴・レントゲン・採血・給食・ベット代・看護料などすべてひっくるめますとだいたい100万強となります。抗癌剤治療が加わるともっと高くなるし、術後合併症が生じていろいろとくすりを使ったりすると高くなります。 しかし、上述のようにすんなり24日で退院した患者さんのケースであれば100万円。3割負担なら手出し30万円となります。退院後、外来に月1〜2回通うでしょう。薬の処方があり、たまには採血することもあるでしょう。抗癌剤の注射があるかもしれません。1年間の外来で使う手出しの金額をやや高く見積もって20万円とすれば、入院〜手術〜退院〜外来1年間に費やす手出しの金額は50万円となります。交通費・内祝いなどなどいろいろ出費も重なりますから、Totalで手出し100万円とみて間違いないでしょう。結構かかるものですね。 最近、医療保険のCMがよくテレビで流れていますが、安心して治療に専念するために、経済的な不安をなくしておくことは大切です。外科医は技術の修練には熱心ですが、お金のこととなるとまったく何もわからない場合が多く、私も例外ではありません。しかし上記のようにだいたいのことはわかります。 当院はベッド数76(普通のベッド50+療養型26)のあまり大きくない病院ですから、医者・ナース・事務員など職員間の垣根が低く、コミュニケーションも取りやすくなっています。お金のことでわからないことがあれば遠慮なく、先生でも看護師さんでもつかまえて尋ねてみて下さい。事務職員の方からわかりやすく説明してもらうようにしております。 |
| 6.胃癌の再発と癌化学療法 |
| 癌の再発と抗癌剤治療。最後はやはりこの話題となります。 第1回で少し述べましたが、今回も話を続けましょう。進行胃癌が胃の外に拡がっていく様式にはいろいろあり、リンパ節、腹膜、直接浸潤としての膵・脾・肝、血流にのって転移する肝・肺・脳・皮フ転移などがあります。以上の大半がメスの及ばない範囲のものです。たとえメスが及ぶ転移でも、そこに転移があるということは他の場所にも目に見えない転移が存在する可能性が大きいため、その転移巣を切除する意義がうすいのです。 5年前の話です。かなり進行した胃癌を胃全摘した70歳男性を外来で診ていたら、胃全摘後数ヶ月して、肝臓にテニスボール大の転移を発見しました。転移は1個でした。胃癌の肝転移は、ふつうもっとバラバラとたくさん出現することが多いのですが、この方は1個だけだったので、肝右葉切除という術式で肝転移巣を切除しました。その後、2年間お元気でしたが肺転移が出現して亡くなりました。 この症例は特殊な例です。胃癌の肝転移は、ふつうもっと多数の転移巣がバラバラと出現し、いろいろ治療しても半年ももたないことが多いのです。この症例のように単発の転移で、それがうまく切除され、その後2年間お元気だったというのは、胃癌においては稀でしょう。ところが大腸癌の肝転移では、このようなことがよくあることで、同じ癌でもたちの悪さがぜんぜん違うということです。 胃癌が肝にバラバラと転移している通常の症例に対して、私は現在持続肝動注治療を行なっています。肝臓に行く動脈にくだを埋め込んで抗癌剤を肝臓へ直接流すのです。この持続肝動注治療は、大腸癌・肝癌の項で詳しく述べることにして、ここでは割愛させていただきますが、私自身この治療をこれまで100例にのべ1200クールやった経験があり、アッと驚くような大逆転ホームランも経験しました。ただ胃癌の多発肝転移に対しては2塁打程度の経験しかなく、今後の課題です。このことは全国で動注をやっている内科・外科・放射線科のドクターに共通した認識でしょう。 次は腹膜転移です。これは昔も、そして今でも“お手上げ”の状況に変わりがありません。10年前私は、胃癌腹膜転移20例に対して、お腹にチューブを埋め込んで抗癌剤を直接腹腔内に注入する治療をやったことがあります。結果は1勝19敗でした。その1勝も腹膜転移の再燃で1年半後に失いました。胃癌腹膜転移(腹膜播種ともいいます)と診断されたら残りの命は3ヶ月くらいとみて間違いないです。 今現在もこのような方々の治療を外来・入院ともにやっていますが“癌を消し去る”という可能性は、ゼロであり“少しでも楽に過ごせるよう”という目的で診ています。連日新聞広告が出ているメシマコブだのアガリスクだの、この中のどれかひとつでも本当のことがあればなあと願っています。 リンパ節転移については、最近ほんの少しですが信頼できるくすりが出てきました。今現在も半年前に胃全摘・胆摘・脾摘を行った進行胃癌の70歳男性の治療を外来でやっています。手術時すでにメスの及ばない遠くのリンパ節へ転移があり、術直後から抗癌剤治療をスタートさせました。術後の回復期に抗癌剤治療を重ねることは、体力を奪うようではばかられるのですが、いろいろな工夫により副作用を出さないよう注意してやっています。 私は最近、外科系の若い先生方に伝えたい“抗癌剤治療の極意”と称する20項目の申し送りを書きました。 その第1項は、「本に書いてあることは半分以上はウソ」 第2項は、「上司や先輩の言うことも半分以上はウソ」です。権威的な論評を、充分な勉強の後に批判的な立場で見聞きし、自分で判断してもらいたいという意味で冒頭の第1・2項にもってきたのですが、裏返せば抗癌剤の使い方というものは、バリエーションがものすごく広くて正解などない、一人一人の患者さんに最適の方法をねばり強くさがしていくしかないんだ、そのときの成功や失敗の経験を次の症例に生かしていこう、ということを伝えたかったのです。 話がそれてしまいましたが、胃癌のリンパ節再発について、もうひとつ、うそのような本当の話をしましょう。 65歳男性、進行胃癌で胃全摘して数ヵ月後のCTですでに腹部大動脈周辺の深いところにあるリンパ節に転移と思われる腫れが出現し、外来で抗癌剤治療していました。患者には癌の再発を告げず、心の中ではあと半年はもたないだろうと思いながら、方言まる出しの肩肘張らない外来をつづけたのです。 ところが1年経ち、2年経ち、3年経って、相変わらず元気な笑顔で外来へやってくるのです。超音波検査やCT検査では、腹部大動脈周辺のリンパ節が確かに大きくなって数も増えてきているのですが、患者はケロッとして私の抗癌剤治療を受けているのです。4年経って私もたまらなくなり患者に告げました。胃癌の大動脈周辺リンパ節転移がこんな経過をとるハズがない、別の病気かもしれない、ついてはもう一度腹を開けてリンパ節を摘出し、顕微鏡で見てみたいと。 その患者さんは即座にこう答えたのです。「私の命は先生に預けています。先生の思う通りにやって下さい。手術を受けましょう。」 私のこのような姿勢は、同業の外科医・内科医から批判を受けるでしょう。でもどうしても確かめてみたかったのです。結果はやはり胃癌の大動脈周辺リンパ節転移でした。患者は今も元気です。私の抗癌剤治療が良かったのか、この症例の癌が胃癌の中でも特別にたちの良いものだったのかわかりませんが、おそらく後者でしょう。 この患者の癌の顕微鏡所見はとり立てて特別なものはなく、よく見る胃癌の組織型であって臨床的にみて半年もたないハズだったのです。5年経った今、なぜこの人がこの世にいるのかまったく不思議でたまりません。 同じ胃癌でもその生物学的悪性度、つまりたちの良し悪しは、患者によって大きく異なるのでしょう。あるいは癌のたちは悪いけれども患者さんの体にそなわった免疫力が強かったのでしょうか?そう言えば、その患者さんはいつも笑っていて、クヨクヨする姿を見たことがありませんでした・・・。 胃癌の皮膚転移。稀な現象ですがやはり“お手上げ”です。 胃癌に限らず、膵癌・食道癌・肝癌などの皮膚転移をみてきました。一ヵ所とってもすぐつぎが出てきます。胃癌の皮膚転移については苦い経験があります。 20年前私が研修医の頃の話です。新しい抗癌剤の治験をやっていたのです。私の担当する胃癌全摘後皮膚転移の68歳男性にその新薬を使うことになりました。ところが私は1週間に1回投与するハズのその新薬を過って連日投与してしまったのです。上司からどやしつけられました。予想通り患者の白血球数は減少の一途をたどり、通常の1/10程度になってしまいました。血液内科の先生が白血病の治療をしているような格好になってしまったのです。連日泊まりこみでその患者さんを診ながら、肺炎の心配やら出血傾向の心配やら下痢の対処やら副作用との戦いでした。 ところがある日ふと見ると全身の皮膚に拡がっていた皮膚転移巣の赤味が少しうすらいでいるのに気付いたのです。それからは、あっという間にそれこそ数日間であれほど全身に拡がっていた皮膚転移巣が影も形もなくなってしまいました。幸い副作用も解決し、元気になった患者さんから神様のように言われて困惑しました。ただし半年後、その患者さんは再び癌の全身転移で亡くなりました。 今の時代であれば、薬の量を間違えた私の行為は、典型的な医療ミスとして裁判にかけられ、多額の賠償金を支払わなければならなかったでしょう。しかし研修医時代のこの経験が抗癌剤の怖さと有効性を私の中に刻み込み、その後の抗癌剤治療に生かされたことだけは事実です。 この他胃癌の転移については、肺転移や骨髄症などまだまだいろいろな病態があるのですが、話がむつかしくなるのでこの辺でやめます。今回は胃癌の再発について、特に肝転移・腹膜転移・リンパ節転移・皮膚転移に関する個人的な経験をお話しました。 生命に直結する問題なので医者の側も気迫を持って治療にあたっているけれども結果を伴わないことが多いのです。でもこれからも誠実にできるだけ安楽に、できるだけ効くように抗癌剤治療をやっていくしかありません。 第2回は胃全摘の話をするハズが次第に脱線して進行胃癌全摘後の癌再発の話になってしまいました。この問題ほど大きな問題はなく、最後にこの話題になってしまうのは、むしろ当然の成り行きとも思われます。第3回以降も軽・重とりまぜた読みごたえのあるものを発信したいと思います。 H16.2.7 中島 公洋 |
| 酒井病院 Sakai Hospital |