中島先生便り
第9回 ヘルニア

第9回は、ヘルニア すなわち脱腸です。
お腹の中や周囲には、いろいろな穴があって、その穴ぼこの中に、腸が動いていてはまりこむ、腸が本来あるべき場所から、本来あってはならない場所へ迷いこんでしまった状態が脱腸です。

迷入先の名前をとって、臍ヘルニア・鼡径ヘルニア・大腿ヘルニア・閉鎖孔ヘルニア・傍十二指腸ヘルニア・腹壁瘢痕ヘルニアなどと呼ばれ、外国人の名前がついた稀なヘルニアもいろいろとあります。

そのような難しい分類はさておき、要するに症状としては、ただなんとなく気持ちが悪い、痛くはないがとび出して格好が悪い、とび出すので歩きにくい、便通がわるいといった軽いものから、痛くて動けない、腸閉塞になって腹が張る、はては腹膜炎といった重いものまで千差万別です。しかし、いずれにしても脱腸は脱腸、癌ではありません。くすりでは治らないので、治すなら手術ですが、手術手技についてとやかく言うようなことは何もありません。要は、とび出した腸をもとの位置に戻して、その穴を塞ぐということがすべてです。

ヘルニアの種類によって、年齢・男女差・症状の出方・修復方法などが微妙に異なってきますが、基本はひとつ、腸を戻して穴をふさぐ ということです。

最近おもしろい人がいました。60歳男性、会社員。
左大腿部前面のつけ根のあたりになんだかとび出すものがあって、歩く時に気持ちが悪いと訴えて、初診しました。

よくある鼡径ヘルニアです。本人もそのことはよくわかっていました。自分でもよく勉強しており、いろいろな修復方法があることも知っていたので、こちらも説明する手間が省けて助かったのですが、よくよく話を聞いてみるとヘルニアで医者のところにくるのは、これで3軒目というのです。

1軒目は東京の私立大学病院の外科の教授、2軒目は他県のヘルニアでは有名な大病院の外科部長、3軒目が地元にある、ここ酒井病院の私。あちこちで話をきき、どこで手術を受けるか決めたいのだそうです。

どこにでもある普通のワイシャツのボタンがとれたので、新しいボタンを買うために、東京銀座の高級デパート〜福岡のZ-side〜地元の裁縫店を回って、ああでもないこうでもないと迷っている、そんな感じです。

そんなもんは、地元の店でいいんですよと説き、一度は納得されたのですが、結局、入院日になってCancelしてきました。やはり手術となると決心がつかないのでしょう。

昔、先輩から言われた言葉が心に響きます。曰く「患者さんにとっては、脱腸の手術も膵頭十二指腸切除も心配は同じ」と。まったくその通りだと思います。この方の例は極端ですが、要するに患者さんというのは、“安心”が欲しいのですね。その安心を与えることができなかった私自身もまだまだ修行が足りない若造だと反省しております。

しかしそのうち再診してくるでしょう。
脱腸脱腸と軽く見て大きなしっぺ返しをくらった話をします。

もう15年以上前の話です。65歳男性。
よくある鼡径ヘルニアでふつうに手術して良くなって帰りました。顔色が悪い人だなとは思っていましたが、他にも重症の患者を多数かかえていた私は、とにかくこのヘルニア患者をマニアル通り“処理”して帰しました。3ヵ月後、彼は血便が出るといって、外来にきたので調べてみると進行した大腸癌があったのです。

よくよく話をきいてみると3ヶ月前、ヘルニアの手術で入院した時も実は便が黒かったとのこと。どうしてあの時、検査しておかなかったのかと後悔しましたが後の祭り。大腸癌の切除手術をやりましたが、腹膜再発して1年半後に亡くなりました。

私にとって痛恨の出来事でした。局所的な病変しか目に入っておらず、もっと大所高所からこの患者さんを診る余裕があったなら、彼は助かったかもしれない。

外来の上級医がつけた“ヘルニア”という軽い診断に迷わされず、変だと思った時は、自分なりに追及していく姿勢が大切だと思い知らされました。
ところが、その舌の根も乾かぬ2年後に、また同じようなことがあったのです。
その頃の私は、医者になって5年目、ある程度“使える”年代に入っていたため、先輩方からの頼まれ仕事も多く、毎日が睡眠不足で、病棟の中で最も顔色の悪い人間でした。

55歳男性。顔色の悪い鼡径ヘルニアの患者さんでした。
ふつうに手術し、あっという間に退院していきました。半年後彼が亡くなったという知らせを内科の先生から受けました。病名は急性白血病。

ヘルニア手術時のカルテを見返しましたが、血液像に問題はありませんでした。でもなんとなく顔色が悪かったのです。“まあまあ、中島君が悪いわけじゃないよ”と先輩ドクターからなぐさめられましたが、どうも納得がいきません。

目の前の小さな問題=ヘルニアを解決する手技にばかり心を奪われて、その背後に隠れている大きな問題に気付かなかった自分がなさけなく思われました。あれから15年以上も経っていますが、自分自身少しは進歩したのかという問いに Yes とは答えられず、勉強しつづけるしかないと考えています。

ヘルニアの話をするはずが、かなり脱線してしまいましたので、このへんで話を元に戻し、最も頻度の高い鼡径ヘルニアという病気の成り立ち、手術方法などについて、簡単に説明しましょう。

鼡(ネズミ)が通った径(ミチ)。ネズミとは睾丸のこと。男の子がまだお母さんのお腹の中にいる時期に、男の子の腹の中でできた睾丸が、腹膜をかぶりながら大腿部前面をななめに走って、腹壁の外に出てきて、陰のうにおさまります。

大腿前面の腰骨のあたりから、陰部へ向かうラインを鼡径部といいます。
ネズミが通ったあとなので、もともと弱いところであり、腹圧が上がると腸がとび出して、鼡径部にボールのようなやわらかい盛り上がりができます。ボールの大きさは、さまざまで、ビー玉〜ピンポン玉〜テニスボール〜夏みかんといろいろなsizeがあります。これが鼡径ヘルニアです。

くすりとか体操とかでは決してなおりません。痛みはほとんどありませんが、歩く時に気持ちが悪いし、仕事やスポーツで腹圧がかかるととび出しが大きくなり、痛みも出てきます。たまにとび出した腸が戻れなくなって腐り、手術が大きくなる人がいます。そうなる前に手術をした方がよいです。

手術は、ヘルニアのふくろを切除し、再び腸がとび出してこないように穴ふさぎをするのですが、今現在、大きく分けて2通りの手技があります。

第1は、mesh-plug法と呼ばれるやり方で、日本全国広く普及している手軽で簡単なやり方。ただし、理論的に正しくないため、再発があるといわれます。私自身、この方法で100例以上やったと思いますが、再発が1例ありました。
再発した人が私の外来に来なかったとも考えられるため、もう少し多いかもしれません。それでも 3/100 くらいだと思います。大半はサッと終わってサッと退院していきます。術後のトラブルもほとんどなく、よい方法だと思っています。

第2は、TEPP法と呼ばれるやり方で、理論的に正しく、再発は皆無だが全身麻酔が必要、特殊な器械が必要、術者のトレーニングが必要・・・などめんどうなところが多いため、なかなか普及していません。

現在の大方の外科医の認識としては、TEPP法の正しさを認めながらも“まあまあ、脱腸だしmesh-plugでいっとこうよ”という感じです。

以上、大人の鼡径ヘルニアですが、子供の場合は、また少し違ってきます。子供の鼡径ヘルニアの手術は非常に簡単で、研修医の頃、毎週やっていましたが、問題は麻酔です。ちゃんとした麻酔科の先生がいる病院で手術をうけること、このことが子供の鼡径ヘルニアでは最も大切なことです。

20年前、研修医の頃、私がいた国立病院には、麻酔専門の麻酔医というものがまだいなかったため、私などはそれこそ散髪屋さんのように、次から次と麻酔をかけては醒ましという仕事をしていました。
手術、内視鏡、看護婦さんへの指示出し、カルテ書き、患者さんへの説明、当直などいろいろ仕事もあるうちで、麻酔も重要な仕事の一部であったわけです。

その麻酔の中で、一番嫌いだったのが子供の麻酔です。泣き叫んで抵抗するし、扁桃腺が腫れていて気管内挿管しにくいし、全く手の焼ける仕事です。
失敗すれば命にかかわりますから、必死でやりました。毎週少なくとも1〜2例の小児麻酔を1年間やりましたが、なんとか無事きりぬけることができました。

その後、麻酔をかけることもなくなり、ちゃんとした麻酔科医がいる中で、思う存分手術手技だけに没頭できるようになりましたが、私共外科医から見ると、本当に麻酔科様々です。特に子供の手術の時、長くかかる大きな手術の時、麻酔科ドクターのおかげで私たちは安心して手術に集中できるのです。

今回は、脱腸の話題でしたが、手術手技そのものについては、癌の手術に比べてかえりみるべき内容はなく、このため、その周辺のアレコレを話しました。

ここ数回、癌とは無関係の軽い話が続きましたが、次回第10回は、癌の中でも最も治療成績の悪い膵癌について話しましょう。

H16.6.10 中島 公洋

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