前回、前々回と充分に休養させて頂いたので、今回第26回からは再び、まじめな話に戻ります。外傷について話したいと思います。外傷とはケガのことですが、骨を折ったとか、頭を打ったとかそういうことに関しては、私は何も言う資格がありません。主として腹部内臓の損傷に対する治療の話をします。
58歳女性、小柄で元気な方。軽自動車を運転して、幼稚園へ孫をむかえにいく途中にトラックと正面衝突して、お腹を強く打ち、救急車で搬入されました。意識がもうろうとしています。血圧が低く、脈も弱い。お腹がパンパンに張っています。
手足の骨が2、3本折れているがそんなことはおかまいなし。肝臓が破裂してお腹の中に大量出血しているのです。当初、手術以外の方法でなんとかならないものかと考え、血管造影室へ運び込んで、肝臓の血管造影をやってみましたが、とても手におえるようなものではないことがわかりました。
しかし検査の副産物として、肝臓へ行く動脈が、ふつうの人とは異なる珍しい走向をしているという information をつかみました。腹が張って呼吸もままならない患者をそのまま手術室へ搬入し、そのまま手術です。開腹するとお腹の中は血だらけ。これを吸引すると、肝右葉の表面がパックリ割れて、ドクドクと出血しています。
多量のガーゼを packing して圧迫しながら、肝臓へ流入する血管の束にテープをかけて締め上げると、出血が下火になったのでちょっと落ちつきをとり戻しました。血管造影で指摘された珍しい走向の右肝動脈を捜し出し、思い切ってこれを結紮してみました。締め上げていたテープをはずし、ガーゼをとり除くと、出血はつづいているものの、はじめに比べれば雲泥の差で、血圧も戻ってきました。
肝損傷で出血の原因となる血管は、(1)肝動脈、(2)門脈、(3)肝静脈、(4)下大静脈であって、この方の場合は(1)(2)(3)であったと思われます。(1)に対しては右肝動脈結紮という禁じ手に近い方法で対処し、(2)(3)に対しては、ガーゼ packing 後の縫合閉鎖という、よくある方法で対処しました。あれから5年、患者さんはお元気です。しかし、happy
end ばかりではない。(1)(2)(3)は良いとして、(4)はほぼアウトです。
9歳男児、交通事故による肝損傷で(4)です。搬入時すでに意識はなく、開腹したが、(4)からの出血を control できず、静脈の裂け目が上方の胸の方までつづいており、table
death しました。table death とは、手術台の上で亡くなること。外科医としては絶対に避けなければならない事態ですが、このときばかりはどうにもなりませんでした。
手術室から出てきて、この事実を御両親に伝えた時の、御両親の “絶句” そして “涙” ・・・・。つらかったです。テレビドラマや新聞健康欄や、heart
warming な小説には決して現れない「現実」がここにあります。
35歳男性、gun shot。ピストルで打たれました。
その日、私は朝からルンルンでした。受け持ち患者が全員うまくいっており、前の晩は久し振りに充分睡眠時間もとれて、気分は上々。病院玄関脇の救急室前を元気良く歩いていたら、何の連絡もなく突然救急車がとびこんできました。患者は虫の息。救急隊員によると、gun
shotとのこと。お腹に2発、右胸に2発、右腕に1発、左大腿に1発です。
とりあえず、気管にtubeを挿入して、気道を確保しました。右胸腔には肺から漏れ出した空気と、血液がたくさんたまっており、“血気胸”の状態です。胸腔ドレーンという管を挿入して、空気と血液を抜き出します。そのまま手術室へかつぎ上げて、開腹です。
幸い弾丸は急所をはずれており、小腸に4〜5ヶ所穴があいていたのと、肝臓に中くらいの裂け目があったくらいで、主要血管には損傷がありませんでした。大ラッキーです。小腸を切除吻合し、肝損傷部を縫合止血して、あっけなく手術は終了しました。術後は肝不全になりかけたが、うまく切り抜けて、元気に退院しました。
こういう劇的な症例は学会に報告して、皆の批評をあびるのが私たち医者の常道です。発表のためには資料集めが必要で、私は県警の科学捜査班という部署に伺って、班長さんにお話をききました。弾丸が人体を貫通するときの射入孔、射出孔の形態や、gun
shot事件の統計などを詳しく教えて頂きました。
このような資料をもとにして発表したところ、偉い先生から「とてもおもしろかった」とほめて頂き、とても嬉しかった思い出があります。
76歳男性、幼児の頃、満州(今のモンゴルあたり)にいて、軍隊が捨てていった手榴弾で遊んでいたら爆発し、大ケガをしたが、幸い内臓は問題なくその後は元気で過ごしてきたという人です。
1ヶ月前より熱が出て、右の脇腹が痛むので、近くの内科の先生に診てもらったところ、肝臓の上の方に膿がたまっており、その膿の中に、小指の爪の大きさ程の金属片のようなものがありそうだといわれ、私の病院へ紹介されてきました。
いろいろと検査をすると、まさにそのとおりです。手榴弾の破片が核となって肝膿瘍を作っているのでしょう。抗生剤を点滴したり、膿を吸い出したりしてやれば一旦解決するかもしれないが、破片を摘出しない限り、同じことの繰り返しになるであろうと判断し、手術しました。膿瘍の壁を破って多量の膿を吸引し、その中にあった小さな金属片を摘出しました。錆びていました。術後経過は良好で元気に退院しました。
生後数日の男の赤ちゃん。
生まれるとき産道で圧迫されて、肝が損傷され、腹腔内にジワジワと出血しているから、なんとかしてくれと小児科の先生から頼まれました。その頃私はまだペーペーでした。今もペーペーですが(笑)。ちょうどそのとき、上級医の先生が学会かなにかでいなくて、私が術者をしなければならなくなり、がんばってやりましたが止血が不完全で、数日後、上級医の先生が帰ってきてから再手術してもらいました。ピタリと止血し、私も小児科の先生もホッと胸をなでおろしました。
その再手術には、私も助手として参加させて頂いたのですが、上級医のやっていることは私が数日前にやったことと基本的に同じ。どこがどうちがうのか、その当時の私には理解できませんでした。今の私には分かります。年季の入った外科医の手術手技には、言葉で言い尽くせない art があるのです。
ここまで肝の損傷について述べてきましたが、肝と並んで多いのが脾の損傷です。肝が右脇腹にあるのに対して、脾は左脇腹にあります。猛スピードの自転車で転倒した13歳男子中学生、寺の本堂の屋根修理をしていてころがり落ちた40歳お坊さん、ビールケースを運んでいてマンションの階段から転がり落ちた35歳の酒屋さん、アルバイトで人夫仕事をしていて重機にひかれそうになった25歳バンドマン、空手の練習をしていて、まわしげりをくらった17歳男子高校生・・・・・不思議と皆、男性でした。全員、脾臓を摘出して、元気で退院しました。
脾の損傷で注意しなければいけないのは、「受傷直後はケロッとしていても、その日の晩とか次の日になって、顔色が真青になり、腹が張る、血圧が下がって意識もうろう・・・という case がある」ということです。脾臓というのは本当にやっかいな臓器で、“なければない方が良いな”と感じることが多々あります。
第1に、いったいどういう働きをしているのかよくわからないし、摘脾したからといってその患者さんの人生にたいした不利益はない。
第2に、外傷によって損傷しやすく出血源となり、緊急手術の対象となる。
第3に、胃や腸の手術のときに邪魔になる。
第4に、門亢症(←第21、22、23回参照)において、肝血流を steal して、巨大化するため、流血中の血球を trap して白血球・赤血球・血小板の減少をひきおこす。肝機能不良の肝癌患者を治療していて「もしこの患者に脾臓がなかったら、どんなに楽だろう、どんなに治療がやりやすいだろう」とため息をついた経験は数知れず、です。以上のような4つの理由により、“脾臓は、ない方が良い”というのが、外科医人生22年目の私の意見です。
脾臓は英語で spleen と書きますが、研究社の英和辞典によると、spleen は脾臓の他に “不機嫌” とか “癇癪” とかの意味を持っていて、He
vented his spleen on me.で、「彼は私に当たり散らした。」と訳すそうです。昔、「不機嫌や癇癪というような感情が、左脇腹の奥にある脾臓に宿っている。」と考えられていたそうです。
外科の仕事をしていて「脾臓は、やっかい者」と常々感じていた私は、この記述を読んで、「ウンウン、そのとおり。昔の人は偉かったなあ。」と感心してしまいました。
肝臓、脾臓とくれば次は膵臓ですが、幸か不幸か、私は重症の膵外傷を主治医として治療したことがありません。したがってなんともコメントのしようがないのですが、要はその膵外傷患者に対して、手術するのか手術をせずに点滴治療をするのか、という判断が、最も大切なことであろうと考えられます。
交通事故でハンドルにより腹部を圧迫され、ハンドルと硬い背骨の間にはさまれた膵臓が断裂するパターンが多いそうです。CTで膵の断裂が確認されれば、やはり手術をせざるを得ないでしょう。手術のタイミングが遅れればどんな恐ろしいことが待っているか、外科医なら誰でも容易に想像がつきます。手術も難しい。
第10〜13回に述べたように、膵臓のまわりには大事な血管がいろいろあって、これらを上手に残さなければならない上に、膵断端の膵管処理がうまくいくかどうか、甚だ心もとないです。やってみなければわかりません。この感覚は、全ての外科医に共通のことであろうと思われます。手術の難しさの順に言うと、膵>肝≫脾、ということになります。これとは反対に、腸は楽勝のことが多いです。
32歳男性、工事現場で作業中、ブロックをかかえて階段を登っていたところ、足を踏みはずして転落し、かかえていたブロックがお腹の上におちてきて、腹痛で搬入されました。診察すると
“腹膜刺激症状” が出現しています。開腹せざるを得ません。小腸が圧挫されて、穴があいていたので、悪いところを切りとってつなぎました。経過良好でした。
外傷とは少し異なりますが、内科の先生が大腸カメラをしていて、大腸に穴があいてしまい、呼ばれて修復したことが私は3回あります。3回ともかなり以前の話で、最近はそういう話をあまり聞かなくなりました。
カメラで思い出しましたが以前、こんなことがありました。
75歳男性、切除不能の胆管癌を、2年間にわたって内科の若い先生が上手に治療しておりました。治療の内容は2つあります。第1に抗癌化学療法、第2にERBD。
ERBDとは、endoscopic
retrograde biliary drainage の略ですが、むつかしいので少々説明します。
肝臓でつくられた胆汁という消化液は、胆管という管を通って十二指腸へ流出するので、十二指腸を中から見ると胆管の開孔が見えますが、この開孔部のことを、十二指腸乳頭部と呼びます。胆管に癌ができると、胆汁が流れなくなって黄疸が出るので、なんとかして肝臓側へたまった胆汁を、十二指腸側へ流してやらなければなりません。
いろいろな方法がありますが、内科の先生がよくやるのは、胃カメラを入れて十二指腸まで進め、乳頭部から鉛筆の芯ほどの太さのチューブをつっこんで胆管を通して、その先端が肝臓、その末端が十二指腸へ位置するようにチューブを留置するのです。これを ERBD と呼び、かなり高度のテクニックです。ERBD
tube が留置されると、胆汁の流れが良くなって万々歳なのですが、ときどきこの tube がつまってしまうため、入れ替えをしなければなりません。そうしないと熱が出て黄疸が出るのです。
ある日、その内科の先生が tube 入れ替えのためカメラをしていたら患者があばれて、十二指腸に穴があいてしまったと、青くなって私のところへ相談に来ました。すぐに手術です。穴をふさぐだけなので簡単ですが、そんなことより私が驚いたのは、“癌の拡がり具合のすさまじさ” でした。癌浸潤のため、十二指腸は半周にわたってコチコチに硬くなっており、硬いところ=癌部と、柔らかいところ=健常部の境目で十二指腸が破れていました。肝転移、腹膜転移もひどい。
この医療事故の原因は、ERBD のテクニックがどうのこうのということではない。どんな名人がやっても、この十二指腸は破れていたでしょう。それよりも、こんな進行例に ERBD をしようとしたこと自体がまちがいでした。
“治療のしすぎ” なのです。これまで2年間にわたって上手に治療してきた内科の先生の「もう少し、もうあと1回」という気持ちは痛いほどわかりますが、それがアダになったのです。私も人のことは言えません。若い頃は私もそうでした。患者家族の希望に沿って、「もっと、もっと」と治療していたのです。“それが結局は患者のためにならない” ということに気付かなかったのです。“患者家族がいかに望んでも、その治療を施さず、文句を言われても動じない” という態度を身につけるには相当な年季が必要で、私などはまだまだです。
今回は、外傷外科の話をするはずが、最後はあらぬ方向へ脱線してしまいました。「心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくれば・・・」というスタンスで書いているため、このように脱線してしまうのですが、どうか御容赦下さい。次回からは、肝臓シリーズです。
H17.7.31 中島 公洋
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