第6回は、痔の話です。
人間が立って歩く限り、痔との縁は切れません。
おしりの病気は気恥ずかしくて人に言えない、診てもらうなんてとんでもない、別に命にかかわるわけでもなし、少し痛くても薬局のくすりでだましだましやっていけば体調さえよくなれば自然とよくなるもの、と考えているアナタ その考えは、“当たっています。” それでよいと思います。ここで coming
out しましょう。
実は私も地主ならぬ痔主さんです。18歳の春3月、まだ肌寒い日の夕暮れ時、大学受験の合否電報を家の前にあった大きな冷たい石の上に腰掛けて、今か今かと待っていたあの時から、私は痔主になってしまいました。
受験勉強のやりすぎで体調が変になり、ものすごい便秘になっていたことも遠因でしょう。“ぢ”の看板で有名なヒサヤ大黒堂のお世話になろうかなとパンフレットをもらったこともありましたが、結構お金がかかりそうなので、まだ試していません。それにしても
“じ” でなくて “ぢ” というところがプロを感じさせますよね。
しかし大学生時代〜医者になってからずっとおしりの調子は良好で40歳の厄年を迎えた頃、再びムクムクと調子が悪くなりました。その頃は超多忙で痔どころではなく、毎日毎日手術・手術の連続でした。
忘れもしない5年前のクリスマスイブ、私は朝から肝臓癌手術の術者をこなし、夕方から痔の患者として、自分が働く病院の手術室のベッドにうつぶせとなり、同僚の外科医に切ってもらったのです。おしりを拡げられ、同僚の先生や若い看護婦さんにからかわれながら、手術室の無影灯の強い光が局所にカッとあてられた時、私はこの世で恥ずかしいことは何もなくなりました(笑)。
術後の経過はよかったのですが、12/29に知り合いのバンドがライブをするというので、出掛けたら酒が出て、ついつい飲んでしまったのです。その夜から局所がズクズク痛み出し、次の12/30、年に一度の麻雀大会でおしりを半分浮かせながらやったのですが、麻雀どころではありませんでした。12/31は痛みがたまらなくなり、ついに入院です。1/3まで自分の勤務する病院に入院し、同僚の病棟看護婦さんにまで、汚い局所を消毒してもらうハメに陥りました。やっと退院し、1/4は膵癌手術の術者になっていました。
全く我ながら、無茶な生活をしていたものだと感心しています。ああそれと、この時にやった60歳女性膵頭部癌の膵頭十二指腸切除はうまくいき、5年以上経った今も彼女は再発なくお元気なので、御心配なく。
以上のような実体験以来、私は痔の患者さんの“いたみ”がよくわかるようになり、痔の相談には、ついつい親身になって答えるようになりました。痔は決して私の専門ではなかったのですが、同僚の外科医の中に痔をやっているウマの合う先生がいたので、彼にいろいろと習うようになり、本も読むようになりました。
この5年間に習得した痔の知識と実技について、これから皆さんにわかりやすくお話したいと思います。
“ぢが悪い”といってもいろいろあり、大きく4つの病気があります。
(1)痔核=いぼぢ (2)裂肛=きれぢ (3)痔瘻=あなじ〜肛門周囲膿瘍 (4)脱肛 の4種類です。症状としては、痛い、血が出る、とび出す、の3大症状の他に、ジメジメして気持ちがわるい、かゆい、どうも気になる等々、本当にいろいろな訴えがあります。各論に入る前に全体的な注意をしておきましょう。どうすればおしりに負担をかけないで済むかという話です。
便秘をしないようになどという紋切り型の説明は子供にもわかります。
そんなことはわかっている、それをどうやって実現するかが問題です。ファイブミニをのむ、コーラックをのむ、イージーファイバーをみそ汁にまぜる、肉を食べない、水を多量にのむ、犬を飼って毎日散歩をする、などなどいろいろありますが、お金をかけずに続けられ、自分に合ったやり方を試してみるしかないでしょう。便秘解消のため犬を飼うなんて、なかなかいいと思いませんか?
便秘だけでなく、実は下痢もおしりへの負担が大きいのです。ストレスが原因で起こる過敏性大腸症は、ずっと便秘が続いていたかと思えば突然、腹が痛くなってひどい下痢をする、という厄介な病気で、さぞかしおしりの穴にも負担がかかっていることでしょう。
唐突ですが、おとうさんは会社から家に帰ってきた途端に大きなオナラをあたりかまわず、かますという現象を皆さんはよく御存知でしょう。鼻をつまんでイヤな顔をする前に、何故そうなるのか考えてみて下さい。
自律神経は、自らを律する神経であり、さあいまから自律神経を働かすぞ、などと意気込んでみても働くものではありません。周りの状況によって、それこそ自然に働いたり、休んだりするのです。自律神経には、交感神経と副交感神経とがあります。仕事・授業・競技などで緊張し、ストレス状態にあるときは、交感神経が働いており、逆に食事中・ゆっくり音楽を聴く・一仕事済んで一服するなど、リラックス状態にあるときは、副交感神経が働いています。
腸は、副交感神経で動きます。おとうさんは会社から家に帰って、ストレス状態からリラックス状態になった途端に、交感神経のスイッチがoffとなり、副交感神経のスイッチがonとなって腸が動き出して、その結果、家でオナラをするのです。
便秘解消には、腸を動かす必要があり、そのためにはリラックス状態が大切だということが、皆さんにもおわかりでしょう。
夫婦仲がわるくて、家の中がトゲトゲしい雰囲気だと副交感神経がonになれずに、腸の動きがわるくなって宿便となり、痔になりますよという話です。
昔、森高千里さん(←ドラマ白い巨塔で里見先生役をやっている江口洋介さんの奥さん)が、“ストレスが人をダメにする”と唄っておりましたが、全くそのとおりです。
便秘・下痢の次は、ウォシュレットです。少しお金がかかりますが、一生ものですし痔が悪いかなと感じている人は、思い切ってウォシュレットにしてみましょう。
ウォシュレットで痔が治ることはありませんが、少なくとも症状を和らげてくれるでしょう。
それでは、各論に入りましょう。
(1)痔核=いぼぢ。 おしりの病気の大半を占めます。
まず、真赤な出血がありますが、まだ痛くはありません。そのうちイボのようなものが排便後にとび出してきます。とび出しが大きくなると戻りにくくなって、痛みが出てきます。
血が出る・とび出す・痛むの3拍子が揃うとかなり重症で、くすりだけで治すのは、むつかしいでしょう。
痔核とは、肛門粘膜下に生じた“血管網の糸玉”が成長したイボ状の隆起であり、これから出血し、これがとび出し、続いて痛むというしくみです。最初のうちは、薬局でボラギノールを買ったりしてしのぐでしょうが、便にいく度に出血するので、心配症の人は、この時点で病院にきます。
私が肛門指診と肛門鏡検査をして、どの程度悪いか客観的に判断します。
軽い方から順に、松→竹→梅→特梅としましょう。
松は、一番軽い初期の痔核です。のみぐすりと座薬を1週間分ほど処方しますがその後は、薬局の売薬+前述の総論をやっておけばよいでしょう。たいしたことにはなりませんから安心して下さい。ただし酒と激辛は厳禁。酒を飲むと必ず悪化しますから、しばらく宴会には出ないよう、このことは、とても大切なので必ず守って下さい。
私の処方した薬などのまなくてもよいから(のんでくれた方がよいですけど)
とにかく酒だけは、2〜3週間やめておいて下さい。
次は、竹です。竹は、中くらいの痔核です。出血し、たまにとび出しますが、まだ痛いというところまでいってない。このクラスの痔核が病院受診者の中では、最も多いと思います。
私は、竹クラスの痔核に対しては、外来でモリコーンという治療をやっています。これまで300例ほどやったでしょうか。
モリコーンのモリは、前の唐津日赤病院 外科部長 守永先生のモリ、コーンは筒とか角の意で、守永先生が考案した角型の痔核硬化療法用器械です。出血があり、少しとび出すくらいの痔核であれば、外来無麻酔・無痛、5分で治療が終了します。術後の生活も全くふつうどうりであり、良い治療だと思います。竹クラスのひとは、一度試してみてはいかがでしょうか?
次は、梅。
これは出血のみならず、とび出して痛みます。切らずに治そうとするとかなりの時間とお金がかかるでしょう。外科医の私としては、サッサと入院して手術を受け、サッサと退院したらどうですかと言いたい。入院期間は、1週間くらいみてもらえれば、おしりもゆっくりできてよいでしょう。
最後は特梅です。
痔核のとび出しがひどくて、見た目にもグロテスクで痛みがひどいです。すぐに手術とはいかず、持続硬膜外麻酔でまず痛みをとり、ある程度腫れが引いてから手術です。
入院に2週間ぐらいかかるでしょう。 一般にお金と時間のない人ほど、問題を解決せずに長引かせ、いよいよ悪くなってから病院に来ます。そうして、そのことが結局は、お金と時間を浪費する結果になるということを強調しておきましょう。
逆に悪い悪いと訴えて病院によく来るが、診てみると客観的な所見は、何もないという人々がいます。一言で言うと、こだわり症・心配症の人々です。
ほんとうに人間さまざま、人生さまざま、だなと思います。
(2)裂肛=きれぢ は痛いです。
とび出しはなく、出血もたいしたことないが、とにかく排便時に痛みます。便がかたくて大きいから、おしりの穴の縁が切れてしまうのです。
おしりの穴を時計の文字盤に見立てると、患者さんの前方向が12時、後方向が6時、左方向が3時、右方向が9時です。診察する側から言うと、向かって右が3時、向かって左が9時です。裂肛は6時の位置にできることが、圧倒的に多いです。たまに12時のこともありますが、大半は6時です。ちなみに痔核はどこでもできますが大きいものは、3時・7時・11時にできます。
何故そうなるか、話がむつかしくなるのでやめますが、 ここで強調したいのは、一度生じた痔核が治ってしぼみ skin tag と呼ばれる皮膚のたるみが生じ、便がここを通過する際に、このたるみをひっぱるためにその根元が、切れて裂肛となることが多々あるという現象です。
つい最近もおしりが痛いと訴えて来院した40歳女性を診察してみると、7時の skin tag のわきに6時に立派な裂肛がありました。
skin tag を切除し、便をやわらかくする薬を処方したところ、すっきりと良くなって退院しました。
skin tag のない純粋な裂孔の原因のひとつとして、肛門括約筋が強すぎるということがあるようです。これに対して、括約筋の一部を切っておしりの穴をゆるめてやるという術式がありますが、これは高度の肛門外科専門医がやることで、私はやったことがありません。
おしりというのは、非常にデリケートなところで、私のような一般外科医もあるレベルのことまではできますが 、それ以上のレベルになると真の専門家に頼るしかないのです。そのできることとできないことの線引きをどこにおくか、外来初診時の判断が最も大切なことだと、私のおしりの師匠が言っておりました。
食道癌や膵癌のように命にかかわることはないけれど、生活に直結しているデリケートな問題、それがおしりです。
(3)痔瘻(じろう) なかなか厄介で根治のむつかしい病気です。
肛門周囲膿瘍という痛くてつらい病気と一蓮托生の病気が痔瘻で、おしりがジメジメして気持ちが悪いです。痔瘻には、単純なものから複雑なものまでいろいろなレベルがあり、私共一般外科医が手を出せるのは、単純な痔瘻です。それは、外来で診察すればわかります。
ある日私は、外来で35歳男性のかなり複雑な痔瘻患者を初診しました。
自分の手には負えないと判断し、真の肛門外科医と誰もが認める先輩Dr.へTELしました。先輩Dr.がどんなひと? と聞いてきたので、私は患者の病歴と局所=おしりの診察所見を述べたのですが、途中で先輩からさえぎられてしまいました。
「中島君、僕はそういうことを聞いているんじゃないんだよ。・・・」このひとことで、私はピンときて、自分の不明をはじました。先輩は、こう言いたかったのです。
「痔がどんな風か、それは診ればすぐわかる。そんなことを聴きたいのではない。患者のcharacterを聴きたいのだ。wetな性格でつき合うと疲れる人なのか、
あるいは、カラッとしていて医者の言いつけをよく守り、何が大事で何がどうでもよいことかを感じるintelligenceをキチンと持っている人なのか、どっちのタイプなんだい?」
このカギカッコの中に、病気が治りやすい人、治りにくい人を分ける重要なポイントが含まれています。 その35歳男性を先輩Dr.に紹介し、治療してもらったのですが、すっかり良くなって次に会った時は笑顔でした。
専門家の腕とは、恐ろしいものです。私は今でも特にむつかしそうな痔瘻の患者は、その先輩Dr.に紹介し、単純で手術が簡単なものだけ手を出すようにしています。
おしりの手術は奥が深く、なかなか一般外科医は手を出しません。私の場合は、守備範囲をしっかり決めて手を出し、それを越える患者さんは、ちょっと遠くになるけれど信頼できる専門家へ紹介するようにしています。
(4)脱肛〜直腸脱。
肛門がゆるくなって、肛門上皮や直腸粘膜が外にとび出してきます。いぼぢがあるわけではないで、とび出し方は結構きれいで、菊の御紋型やインドのタージマハール型に見えないこともないです。お年寄りで、肛門がゆるんでしまった人に多いようです。
痛みはなく、気持ちわるいと訴えます。 手術で治すしかありませんが、この手術は比較的簡単です。
おしりの手術をむつかしい方から並べると 痔瘻 > 裂肛 > 痔核 > 脱肛 というふうになります。ただ、患者の多さからいうと、痔核が圧倒的に多く、だいぶ離れて痔瘻、さらに離れて裂肛、脱肛という順でしょうか。
最後になりましたが、おしりのことで医者にいこうかどうしようか迷っているアナタ、心中お察し申し上げます。出血・とび出し・痛み・ジメジメ感など、症状があまりたいしたことがなければ、冒頭に述べた“おしり総論”を実践され、薬局の先生と相談しながら、ジワジワやって下さい。それはそれでよいです。
でも症状がひどくなり、コリャイカンということになったら、来院されて下さい。私も介助する看護師も他の職員も、痔が恥ずかしい病気なんて、爪の先ほども思っていません。毎日やっていることなので、全く淡々としたものです。
どうか hypersensitive=過敏 にならずにおいで下さい。
それと50歳を超えた方は、大腸癌ということがありうるので、少し早めに病院へ行ってみることをお薦めします。
以上で、第6回 痔の話を終わります。次回は、虫垂炎 いわゆる“盲腸”を取り上げる予定です。
H16.5.17 中島 公洋 |