中島先生便り
第7回 虫垂炎

第7回は、虫垂炎、いわゆる“盲腸”の虫垂切除です。
虫垂のことを英語でappendixというので医者の仲間うちでは虫垂炎のことをアッペと呼びます。アッペという軽い語感が病変の小ささとマッチして呼びやすいからでしょう。たしかに膵臓や肝臓の手術の難しさと比べれば、こんな気楽な手術はないのですが、手術を受ける患者さんの方からしてみればやはり不安であって、「なんとか切らずに治せませんか?」「切ったあとは傷が痛むんでしょうね」「毛をそるの?」などという本線からはずれた質問をよく受けます。

虫垂炎は手術がはじまってしまえば、大半は虫垂切除で終了しますし、万が一診断がまちがっていても、卵管留膿腫であれば卵管切除、メッケル憩室であれば回腸切除、右結腸憩室穿孔であれば右半結腸切除、虫垂癌であれば回盲部切除……というふうに開腹所見に応じた術式を選べばよく、手術手技についてとやかくいうことは何もありません。

外科は盲腸に始まって盲腸に終わるなどと言われておりますが、これは手術手技に関することではなく、術前の判断に関することであろうと思います。本当に虫垂炎なのか? 手術は必要なのか? という判断です。

これまで山ほど虫垂切除をやってきましたが、失敗例、私の判断が裏切られた症例を中心によもやま話をしましょう。

(1)最近の話です。9歳男児、下腹全体が痛むと訴えて来院しました。
発熱なし。体をえびのように折り曲げて下腹をおさえています。診察してみると痛みに左右差はなく、また腹膜炎の所見もなし。採血では炎症所見なし。超音波検査、CT検査で異常なし。
便秘しているというので浣腸してやるとスッキリしたと言ってスタスタ歩き出したのでこちらも安心して帰したところ、次の日にまた同じ症状でやってきました。

小児科Dr.のいる大きな病院へ私も同行して診察してもらったところ、右下腹部へ痛みが集中してきており、採血では炎症所見出ており、発熱していました。盲腸でしょうということになり、そこの病院の外科Dr.にやってもらいました。普通の虫垂炎だったそうです。

大学を卒業して21年にもなるのに、しかも外科医をやっていて、小児の盲腸を見逃すとは、全く汗顔の至りです。ただし、誠実に対応したのでお母さんは喜んでくれました。それだけが救いです。

(2)これも9歳男児、もう17年も前の話です。
ある病院にアルバイトで当直していた話のこと。右の下腹が痛いと言って夜中に来院しました。発熱しており、診察所見も、盲腸に間違いないと思いました。

全身麻酔が理想的なのですが、医者は自分独りだけ。ききわけのよい子供だったので腰から腰椎麻酔をして、右下腹部を開腹しました。虫垂はすぐに見つかったのですが、全く正常なのです。とりあえず虫垂切除し、他のところに問題ないか捜していたら見つかったのです…赤くただれたメッケル憩室が…。盲腸より40cm程口側の小腸にメッケル憩室と呼ばれる胎生期遺残物が残っており、これが炎症をおこしていたのです。

研修医あがりのペーペーの外科医であった私は相当にあわてました。医者は自分独り、助手は看護婦さん、今は夜中、腰椎麻酔はもう切れかけている、患者は子供…。眠り薬を注射して患者を眠らせ、メッケル憩室をふくむ小腸を切除吻合しました。幸い経過は良好で、患者は元気に退院しました。今考えるとよくあんな危ないことをやったなと感心するというか、自分の無謀さにあきれてしまいます。

(3)37歳女性が右下腹部と発熱でやってきました。
15年前の、これもアルバイト先の病院での症例です。診察してみましたが盲腸に間違いないと思いました。
開けてみると虫垂は全く正常、とりあえず虫垂切除して回りを見てみると右卵管が腫れて膿がたまっているのです。もう結婚して子供さんもいるということだったので、膿のたまった卵管を切除しました。診断は間違っていたのに患者さんや家族の方々から大変感謝されて困惑しました。

(4)65歳男性、もう10年以上前の話です。
右下腹部痛で来院しました。熱はなく、痛みもさほどではないが、採血上、軽い炎症反応が出ていたので、虫垂炎の軽いやつだろうと思い開けました。

たしかに虫垂は少し腫れていたのですが、回りにカエルの玉子のような無色透明プリプリしたゼリー状物質が付着しています。これは虫垂炎ではなく、虫垂偽粘液腫という珍しい病気で、放っておくとこのゼリー状物質がお腹中に拡がることがあります。この患者さんは、虫垂を含めて回盲部切除というやや大きな術式で終了し、元気に退院しましたが、再発しやすい病気なので今どうなっているか心配です。

(5)50歳男性、右下腹部痛で来て、虫垂炎と診断し、開けてみると、たしかに虫垂は少し腫れているのですが、なんだか少しいつもと様子がちがうのです。
違和感をいだきながら手術を終了し切除標本を切開してみると、たしかに、いつもの虫垂炎の標本とはちがい、赤く腫れた感じが少なくて、むしろ白っぽく、やや硬めな感じを受けました。まあこんなこともあるのかなと思って、顕微鏡検査に出すと、答は“虫垂癌“。びっくり仰天です。

私もまだ若く、経験が少なかったので、癌は全く想定していませんでした。術後10日目、せっかく傷が治ってやれやれと思っている患者さんを無理矢理説得して、もう一回開けさせてもらいました。術式は“回盲部切除+D2リンパ節郭清”です。幸い再手術の摘出標本には癌遺残なく、患者さんは順調に退院していったのですが、もしも担当医が私ではなく、もっと上級クラスの先生であれば、1回目の手術時の肉眼所見で、全てを見通してザッと済ましていたことだろうと思われます。

(6)つい最近の話です。40歳男性、たべたものを吐いたということで土曜日の午後入院しました。

当直の先生が点滴をしてくれていました。月曜日朝私がはじめて診察したときには、発熱と下腹部痛になっておりよくある虫垂炎の経過かとも思いましたが、本人は案外ケロッとしておりスタスタ歩けるので、その日は別の予定手術もあるし、もう一晩様子みさせてくださいと、患者さん・家族の方々にお願いしました。

火曜日朝の腹部所見は、月曜日よりも強くなっており、今日ぐらいには手術した方がよかろうと説明しました。患者さんはOK.だったのですが、家族の方々から見ると、“診断に手間どった病院”というimpressionがあり、とにかく“退院させてくれ、他の病院へ紹介してくれ、救急車でつれていく、そこで手術を受けるから“ということになったのです。

これにはびっくりしましたが、御希望通りにしました。わかりにくい虫垂炎、土曜日入院、客観的にみればdemeritの多い家族の判断、など言いたいことは沢山あるけれど、やはりこのことは、家族の心配に対してこちらが充分に答えてあげることができなかったことが原因で生じた事象であり、反省しきりです。

以上思いつくままに失敗談を6つとり上げましたが、このようなことは各々が50例に1例あるかないかの稀なcaseであり、大半は、こちらの思惑通りの経過をとり、順調に退院していきます。

たかが盲腸、されど盲腸。盲腸に始まって盲腸に終わる、と言った先人の言葉を侮ることなく、1例1例誠実にこなしていくしかありません。
次回第8回は、小腸の話をしましょう。

H16.5.27 中島 公洋

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