中島先生便り

第32回  「胆管細胞癌」

第32回は、胆管細胞癌cholangio cellular carcinoma、略してCCCの話をします。
肝臓で作られた胆汁という消化液が、肝内にはりめぐらされた細い胆管を通って、肝門部(←第2728回参照)にあつまって、肝外胆道=総胆管に出てきます。ここから流れ下って、途中にある胆のうという名の袋に貯留しつつ、膵頭部を貫いて、十二指腸乳頭部(←第17回参照)から、十二指腸内腔へ流れ出ます。

広い意味で言えば、この流れのどこかに生じた癌をCCCと呼ぶのですが、この流れの下の方=十二指腸に近い方は、たいがいPD(←第11回参照)で対処できるので、既に述べました。この流れの上の方=肝内と、まん中あたり=肝門部については、まだ話していないのでこれから述べます。

肝内CCCと、肝門部CCCです。どちらも頻度は少ないですが、heavy なテーマです。たとえて言うなら、肝門部CCCを1例手術するよりも、乳癌(←第14回参照)を10例手術する方がはるかに楽ちんです。それでは、肝内CCCから話を起こし、食道癌に勝るとも劣らぬ強敵=肝門部CCCへと話をすすめていきましょう。

1肝内CCC
治療をうまくいかせるためにはまず “敵を知る” ことが大切。まず頻度ですが、HCC10例に対してCCCはわずかに1例。最近は、古典的なHCCが減り、HCCとCCCのあいの子みたいな癌が増えているような気がしていますが、いずれにしても、CCCは少ない。

HCCの背景肝は、ウィルスによる肝炎や肝硬変など問題をかかえているのに対して、肝内CCCの背景肝には問題が少なく、唯一この点が、CCCのいいところなのですが、あとは悪いことばかりです。CCCの癌腫は硬いので針がきれいに刺さらず、きれいに焼けないし、血流の乏しい癌なので、動脈から薬を流しこんでも効きません。切って取るしかないのです。

ところがHCCに比べて、癌そのものの “たち” が悪く、比較的早い時期から肝外のリンパ節へ転移します。このような現象はHCCには見られないもので、全く厄介な敵です。私が切った肝内CCCで長生きした人は何人いるだろうか?と指折り数えてみても、片手あれば充分足りてしまうのです。2年くらいまではなんとかいくのですが5年生存となると、やはり、癌が小さくリンパ節転移もなかった症例に対して、充分大きくガバッと切りとったという例に限られてしまいます。

最近の学会の論調の中には、「リンパ節転移のある肝内CCCは切っても長生きしないので、いっそのこと切るのをやめよう。」というものさえあるほどです。もうひとつの論調は、“肝内CCCには実は3種類くらいの小グループがあり、これらのうち、たちの良いもの=切ってうまくいくグループと、たちの悪いもの=切ってもダメなもの、を術前に充分見極めることが大事”という論調です。

しかし現実には、切ってもダメな肝内CCCといえども切る以外に望みがないわけですから、外科医は皆、それを切っているのであって、このような症例の蓄積の中から新しい知見が生まれ、次代の治療成績向上へとつながっていくのです。私もこれまでいろいろな肝内CCCを経験しましたが、その中から、特に印象に残っている症例について、思い出話をします。

55歳女性、Φ10cm超の肝内CCCで、背景肝機能はあまりよろしくない。私はまだ30過ぎの若造で、こんなheavyな手術の術者になれるはずもなかったのですが、上司が突然いなくなり(←こういうこと、たまにあります)私にオハチが回ってきました。

術式は、拡大肝右葉切除+尾状葉全切除+胆道切除再建で、かなり大きな手術です。手術はとてもうまくいったのですが、術後の胸水・腹水(←第23回参照)に悩まされました。なんとか切り抜けて退院にこぎつけたが、2週間に1回、外来で胸水を抜いてあげなければならず、胸水のコントロールに半年くらいかかりました。

月に2回外来で胸水穿刺をしていると、私も患者さんもお互いに慣れてきて、“今日は痛かったから、この次は別のところから刺してみようか?” とか、“先生、今日はぜんぜん痛くなかったよ、次もそこからやってみて” みたいな軽口をたたくようになりました。

そうこうしているうちに、見学に来ていた学生さんにやらせてみようということになり、やらせてみたところ、皆、手がブルブル震えて怖がっていたので、私が横から手をそえて処置を終了しました。すると彼女が学生さんに、「そのくらいで恐がっていたら、将来、手術なんてできないわよ」と笑顔で励ましておりました。しかし、こういうホノボノとした時間もアッという間に過ぎていき、彼女は術後2年で亡くなりました。癌の腹腔内リンパ節転移です。素晴らしい人でした。

28歳女性、きれいな人。Φ7cmの肝内CCCで、位置が悪く、通常の葉切除で対処できない。どうして癌はこういう美しい人を冒すのでしょうか。黄疸が出はじめており、PVE(←第27回参照)をやっている暇がない。手術があまりにも大きくなるため、その安全性を確保するための前処置が必要なのですが、その処置をやることが、全体から見て誤りであると判断したのです。

術式は、右3区域切除+尾状葉全切除+胆道切除再建という大きな手術です。10時間近くかかりましたが出血量<500ml、無輸血で、我ながらうまくいきました。術後も快調で、みるみる元気になりました。若いということは素晴らしいことです。あれから3年を過ぎましたが、癌再発なしで経過中です。1年、1年祈るような気持ちで診ていますが、どうかこのまま何事もなく過ぎていって欲しいと願っています。

本症例に限らず、特に難しい症例の手術は我々外科医にとって、“芸術作品” という感じを持っています。魂をこめて彫り上げた彫刻みたいなものであり、“あのときあの一針をどっちの方向からどういう深さでかけた・・・・” みたいな細かいことも、よく覚えています。

63歳女性、進行した肝内CCCでΦ15cm近くあります。がんセンターの高名な先生に診てもらったが、とても切除は無理であり、あと数ヶ月の命と宣告されて、私のところに来ました。私も全く同意見でしたが、ねばる性格の私は、これをなんとか切除できないかとアレコレ考えていました。

ところがそこに、その高名な先生からTEL:「中島君、あれを切っちゃいかんよ。」 私「なんとかしようと思っているんですがやっぱりダメでしょうか?」 先生「ダメダメ。切る以外の治療でやってみなさい。」冷静に考えれば先生のおっしゃる通りです。

それで抗癌剤治療をやることにしましたが、保険で通らない薬(←第16回参照)を使いました。日本の厚生省(厚労省でしたっけ? そんなものはどっちでもいいんです)が認めていないやり方ですが、癌治療の現場ではこういうことはよくあることです。あれからもうすぐ3年、この患者さんはお元気です。癌は生きているのですが、眠ったようになっていて、悪さを働いていない。こういう状態を tumor dormancy=癌休眠状態というのですが、何故この患者に tumor dormancy が得られているのか、全く不明です。

私が心がけたことはたったの2つです。その第1は、役人の認めたやり方で治療したくない、という点。効かないことが多いからです。その第2は、治療しすぎないように気をつけた、という点。少し効くと医者の側が嬉しくなってついつい治療しすぎた結果、あとから見返すとたいしたことになっていない、という経験を、これまでイヤというほどしてきました。

さて、冷静になって、この患者が何故こんなに長生きしているのかを考えると、結局「この人の癌は、そういう癌だったんだよ。」ということだろう、と思います。選択した薬剤が良かったのでもないし、薬剤の使い方が良かったのでもない、ただ単に「この人の癌がそういう癌だから、この人は長生きしているのだ」と考えるのが自然だと思います。

55歳男性、肝左葉にΦ30mmの小さな肝内CCCがあり、通常の左葉切除をやって、10年以上再発なく経過しています。この手術を担当した当時、“こんな小さなCCCに左葉切除はやりすぎじゃないのか?” と心ひそかに思っていましたが、その後、Φ50mmを超える肝内CCCを切っても切っても再発し、2〜3年で亡くなっていくのを見て、“やっぱりあの左葉切除は必要だったんだなあ” と心底思うようになりました。

2肝門部CCC
別名 Klatskin(クラスキン)腫瘍とも呼ばれる手ごわい相手です。消化器外科医になった者のうち、よりhardな肝胆膵の道を選んだ者が、最後に行きつくテーマ、それが Klatskin であると言っても過言ではありません。

基本的な術式は、右or左の肝葉切除+尾状葉全切除+胆道切除再建の3項目なのですが、この手術の困難さは、以下の3点に要約されます。

第1は、黄疸。癌によって胆汁の流れが悪くなるので黄疸が出ますが、術前に黄疸を解決する目的で、PTCD(←第17回参照)と呼ばれる管を胆管の中にうめこみ、減黄してから手術を行ないます。しかし、完全に減黄できる場合は少なく、たとえ完全に減黄されたとしても、胆管炎が残っていて、そういう肝臓をガバッと切ることは勇気のいることです。切り過ぎれば術後肝不全≒死が待っている。大腸癌肝転移に対して肝臓を切るのと、Klatskin に対して肝臓を切るのとでは、月とスッポンの違いがあります。よって Klatskin に対しては、術前術後管理に特別な知識と技術が必要になります。

第2は、肝門部特有の解剖学的なむつかしさ。これを説明し始めると話が終わらなくなるのでしませんが、とにかく、危なく、恐いところ、ということです。しかし、こういう難しさが challenger にとっては魅力なのでしょう。

第3は、必ず尾状葉を全切除する必要があるという点。尾状葉ってナンダ?と思った人のために、簡単に説明しましょう。肝臓山という山があって、この山のどてっ腹を、下大静脈トンネルというトンネルがぶち抜いている、と思って下さい。ブルドーザーで、山の上をどかしていくと、土の下から大きなセミの怪獣が姿をあらわした、と思って下さい。このセミは、トンネルに覆い被さるようにしてとまっており、右の羽はつぶれかけているが、左の羽は立派。このセミの頭のテッペンは、第28回で触れた鬼門のすぐ背側にあるし、セミのおしりは、肝門部のすぐ背方にあります。このセミが尾状葉です。

手術では、このセミをきれいにトンネルからはがして、癌といっしょに取り去らなければなりません。ところが欧米では有名な、ある手術書にはこのことが触れられておらず、全く驚きです。日本の常識≠世界の常識、ということなのでしょうが、こと Klatskin に対する尾状葉切除に関しては、日本の常識の方が正しいと思います。Klatskin は必ず尾状葉へ浸潤しているからです。

55歳男性、会社の検診でチョコッと肝臓の数字が上がっていたが、別段、症状は何もない。内科の先生が検査して、早い段階で肝門部CCCをみつけました。黄疸のない肝門部CCCは珍しい。私が手術させてもらいましたが、no troubleで経過し、5年以上経ちました。誰がやってもうまくいったでしょう。この人を救ったのは、黄疸のない段階で肝門部CCCの診断をつけた内科の先生です。

73歳男性、古本屋さん。黄疸で内科の先生のところへ初診し、私のところへ紹介されてきました。PTCD減黄しつつ検査をしたところ、肝門部CCCでした。減黄は完全とは言えないものの、おおむねうまくいきました。

手術は、右葉切除+尾状葉全切除+胆道切除再建でしたが、本当のことを言うと、右葉切除ではなく、右3区域切除が必要でした。このことは術中に気付きました。右3区域をとってしまわなければこの進行したCCCが再発するかもしれない・・・・しかしそれを強行すると術後肝不全が恐い・・・・。私には右3区域を強行する勇気がなかった。右葉切除=右2区域で終了し、術後経過良好だったものの、いつ再発するか、私は外来でビクビクしていました。2年経って、そのビクビク感を忘れてかけていたとき、ついに再発してしまいました。その再発巣を切除しようとして、もう一度14時間を超える手術をやらせてもらったが、とり切れず、半年後にその患者さんは亡くなりました。

今であれば、右側をPVE(←第27回参照)して、手術の安全性をupさせ、右3区域をやれたのではないか・・・・とも思いますが、一般的にみれば70歳超の人に右3区域はやはりきびしいだろうなあ、とも思います。あの一瞬・・・・初回手術のとき、予定通り右2区域でいくか、予定変更して右3区域に踏み込むか・・・・あの一瞬のことは、今でもよく覚えています。笑顔に味のある人で、外来で話していたら、私が下手の横好きでギターをやっているという話になり、「楽譜ノートが古本にまじってどっさりありますよ、どうぞ先生使って下さい」と、次の外来のときに持ってきてくれました。あれから10年近くたちますが、今でも大切に使っています。

今回は肝臓シリーズのラストということで、HCCよりも頻度が少ないが、たちの悪いCCCについてお話しました。いまやHCCは、内科・放射線科の担当する病気になりつつありますが、CCCは、まだまだ外科の出番が多い病気です。その手術は難易度が高く、かつ成績も悪い。しかし、若く優秀な先生が多いので、CCCの治療成績も少しずつ up していくでしょう。なんだかCCCの authority みたいな口調になっちゃいましたが、私などはヒヨッコであって、200例の肝切のうちCCCは30例ちょっとなので、あんまり大きなことは言えません。

紙面が少し余ったので、算数の話をします。第2425回にも述べたように、昔から算数好きなので、皆さんにひとつ算数の問題を出します。
円周上にたくさんの青い点と赤い点がランダムに入り乱れて並んでいる。これらの点によって円周はたくさんの弧に分けられる。ひとつの弧に注目すると、両端ともに赤の弧もあるし、両端ともに青の弧もあるが、両端の色が異なる弧もある。青い点や、赤い点が何個であろうとも、“両端の色が異なる弧”は必ず偶数個であることを証明せよ。
どうですか? これは実は東大の入試問題だそうです。私も一応完答できたのですが、解答をみてビックリ! ことによると小学生でもできますよ。

H18.2.9 中島 公洋


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